JAWS DAYS 2026も無事盛況のうちに終了しました。
あの熱量がまだ残っているうちに、振り返って色々書こうと思います。
jawsdays2026.jaws-ug.jp
私は実行委員(セッション班)として参加しましたので、その視点での振り返りになります。
また、イベント前にいくつかブログを公開しておりますので、こちらも併せてご一読いただけますと嬉しいです。
showm001.hatenablog.com
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例によって記憶力がザルな人が主観で書いてますので、思い違いや思い込みが大いに紛れている可能性があるのでその点はご了承ください。そして、ダラダラと長い上に完全にポエムですのでそういうのが苦手な方は読まずにスルーしちゃってください。
また、これ以降本文の文体を変えています。
始まりはある夏の日
2025年8月22日。JAWS-UG岡山支部のふるさとさんが福岡に来られるということなので、集まれる人で夜ご飯を食べに行こうということになった。
いくつか私が挙げたお店の中から、餃子食べようぜ!という話になって「鉄なべ」に行こうということに。しかし、私が寝ぼけて全然違う似た名前の店を予約して慌ててキャンセルした記録がFacebook messangerに残っていた。連日の暑さで疲れていたのかもしれない。
tabelog.com
無事予約完了。参加者はJAWS-UG福岡からは私と内村さんと清家さん。ふるさとさんを含めて4人での飲み会となった。
直前になって台風が近づいてきていてもしかすると22日に福岡最接近の可能性がありそうだったが、進路が曲がって早々に九州横断して通り抜けていた。おかげで22日は天気も良く蒸し暑い日であった。
私も久しぶりの鉄なべの餃子。やはり美味い。みんなで博多名物の一口餃子やその他の料理に舌鼓をうちつつ夏の暑さを吹き飛ばすかのようにビールを飲んでいた。
鉄なべの前にて
そんな中、清家さんから衝撃の一言が発せられた。
清家「実はJAWS DAYS 2026の実行委員長やることになりまして」
私「おー、そうなんだ」(衝撃の割にノリが軽い)
清家「で、実行委員としてセッション設計を木村さんにお願いできないかと思ってて」
私「いいよー、やるやる」(さらに軽い)
という感じで私の実行委員生活は始まった。良いのかそんな軽いノリで。
この時はまだ数ヶ月後に訪れる地獄の日々を僕は想像していなかった。
その後2次会でハイボールバーまでいきつつ清家さんならびに同じく実行委員に入ることが決まってた(はず)ふるさとさんとあれこれ話した。
酔っ払ってもいたので記憶が怪しいが、清家さんがその時言ってたのは
複数のコミュニティに関わっていてその楽しさが自分を形作っていると思っている
今回、色々なコミュニティに関わることで得られることや楽しさをDAYSで伝えたいと思っている
以前PHPカンファレンスで聞いたCPU関連のお話が「何か凄いこと話してるのは分かるが全く内容は分からん。けどめちゃ楽しい!」と思った経験をみんなにしてもらえるような機会を作りたい
そう思ったときに2日前に僕が公開したブログ がめちゃ刺さった、マルチコミュニティをやってる人として一番に木村さんが浮かんだのでお願いしたいと思った
というようなことだった。だいぶ自分に良いように書いてるが、評価いただけてるのはありがたいので全力で手伝うことを約束した。
JAWS DAYS 2017は実行委員に参加したが途中から だったし、他の年は基本的に当日ボランティアだった。DAYSに実行委員として最初から関わるのは初めての経験なのでワクテカが止まらない。
ただし、今回はあくまでも僕は実行委員長である清家さんの思いをどう形にするかが重要なので、僕自身の思いは二の次にしようと思った。そういう意味では初期からやりたいように好き放題言っていたJAWS Festa 2023 in Kyushu とは、同じ若い実行委員長を支える立場ではあるものの、動き方を意図的に変えないといけないと考えた。
また、本人には言わなかったが(周囲の人には公言してたので多分耳には入ってると思う)、時に張り切ってやりすぎる清家さんを年上の目線で手綱を引っ張るのは僕のもう一つの役目だろうと思っていた。
相変わらず出だし早々偉そうなことばかり言っている嫌な大人である。
実行委員招集
9月中旬頃だったかと思うが、実行委員がslackでプライベートチャンネルに招待されることで召集された。ここで初めて初期メンバーとして誰が呼ばれているかを知ることになった。
セッション班(当時はスピーカー班という名前だった)は僕と加藤さんと寺井さんの3名ということで紹介された。翌年3月6日の本番までそう時間があるわけでもないのでセッション班の仕事はすぐにも動いた方がいいだろうということで、即日お二人にメンションして初回のミーティングを設定した。
道具立ては何でも良かったが、ひとまず僕の方でGoogle meetを準備してお二人に共有。議事録用のGoogle docsも作成しておいた。
その議事録によれば初回のミーティングは2025年9月18日22時。お二人とも1度くらいはイベントでお会いしたように思うが接点も少ない状態だったが、人見知りを発動してモジモジしている場合ではない。
特に合意を取ったわけではないが「まずは場を前に進めないといけない」という気持ちもあり、流れでファシリテートさせてもらい、今後の進め方について決めていった。
昨年どうすすめたのかを昨年のセッション班の人にヒアリングする会を設置したいことや、過去2年くらいの振り返りやアンケートをまず確認して注意すべき所を洗い出そうという方針を決める。
そして、今後週次で定例をやることと、その時間を決めた。毎週木曜日はJAWS-UG福岡のもくもく会を21時~22時で行っているため、その後ろの時間を設定させてもらった。僕の都合に合わせてもらって感謝しかないが、この判断が、今後数ヶ月に渡ってスケジュールと体力と精神力を削り続けて家庭崩壊の危機にもつながりかける地獄の始まりだったかもしれないと、今になって思う。
追加メンバー招集
流石に3名ではとても回らないので追加メンバーを呼びたいという話を加藤さんと寺井さんにして、僕から心当たりに声をかけることになった。
昨年(そして確か一昨年も)セッション班を経験されていて経験豊富であり、SORACOM UGでもお世話になっていて為人を信頼している和田さんと三浦さん、そして同じくSORACOM UGでお世話になっており、抜群のバイタリティと行動力をお持ちのちばさんの3人に声をかけた。
3人ともすぐに快諾してくれたので、早速次の定例(2025/10/2)から参加してもらった。一気にチームビルディングが進んで安定感が出た。今から振り返ってもこの3人に声をかけたのは大正解だった。
セッション設計開始
昨年どうやって進めたかと引き継ぎ事項とアンケートの内容を確認して設計を開始。
まずは大枠としてのトラック数とセッション数を決めていくのだが、今年は会場が2部屋になることが決定していたので、トラックの配置と導線、そして体験価値をどう両立するかでだいぶ難航した。
しかも、部屋の間にはビルの共用通路を挟む。
難度はさらに倍以上である。
誰もが初めてのことなので、会場のイメージがどうしてもつかめなかったが、どうにか7+1(お祭り)トラックということで決定。
そもそもどういうトラックの色づけをしていくかを話していく。この全体のセッション設計がイベントの成否を握ると言っても過言ではないため、最も重要なポイントとなる。セッション班の最重要ミッションとも言える。
思い出しただけでも胃が痛い。
トラック数が見えたところで概ね以下のようになりそうだと考えた。
招待セッショントラック(こちらが指名した方に喋っていただく)
パネルセッション(こちらが指名したパネルディスカッション、またはCFPでパネル形式の企画で応募した人)
初心者トラック
CFP通常セッション x 2
ワークショップ x 2
この時点でだいたい10月末。毎週の定例は議論が白熱し、だいたい毎回24時を越えて、時には25時を過ぎることもあった。
妻の目がだんだん冷えてくるのを感じ、定例のスタートを22時にしたことを少しずつ後悔しはじめた。
初心者レーン
初心者レーンの話は他の記事 で詳しく書いたが、比較的早めに話は出ていた。議事録によると初回には既に「初心者や学生限定の枠」という単語が見えている。確かこれを最初に口にされたのは加藤さんだったように記憶しているが嘘かもしれない。
その後、「初心者というのは『登壇初心者』に登壇してもらう場のことなのか、それとも『AWS初心者』向けのコンテンツなのか」といった議論を経て、10月中旬には「AWSまたはDAYS初心者が安心して1日座っていられる場所、これを来た人が次は地元の地方支部や専門支部のイベントに参加することに繋がるようなコンテンツ」という方針が概ね決まっていたようだ。
初心者レーンという話が出てきた理由として別記事では「過去の参加者のフィードバック」というのを挙げていたが、議事録を見返すともう一つ重要なファクターがあったことを思いだした。それは実行委員長である清家さんの「ニューヒーローを見つけたい」という言葉だ。
そもそもニューヒーローとは何を指すのか?という議論も重ねたが、いずれにしろコミュニティへの入り口をどうするのかということを考えないといけないのは間違いなかった。最終的にこの形に落ち着いたのは、実行委員長の意志をどう形にするかを考え続けた結果だったのだと思う。しらんけど 。
具体的にセッションとしてどのような分野のものを並べるかの案出しや、専門支部への依頼は加藤さんがどんどん動いてくれた。しごでき過ぎで痺れる。もう一生北海道に向けて足向けて寝られない。
想定外の負荷
だいたい何事にも想定外というものはある。
その例に漏れず、僕にも想定外の負荷が降りかかる。
詳しいことは伏せるが、この時期に両親や親族に関するあれこれが唐突かつ多重的かつ短期的に発生し、本業にも影響を及ぼすレベルで身動きが取りづらく、体力的にも精神的にも追い込まれる状況になった。
数回どうしても身動き取れない定例は抜けさせてもらいつつ何とか非同期で行えるタスクは進めようとしていたが思うようにいかないことも多々あった。この時期にうまく進めていてくれたセッション班の皆さんには本当に感謝しか無い。
本件は年内にはどうにか山場は超えたものの、その後2月中旬頃までずっとあれこれ続いていて地味に、しかし確実に負荷が積み上がっていく感覚があった。
人生いろいろあるものだが、もう少し負荷分散してもらいたいと思いつつそれがままならないのもまた人生とわきまえるくらいには大人のつもりである。けどホント勘弁して 。
CFX募集開始
近年のJAWS DAYSではCFP(Call For Proposal)だけではなく、多種多様なイベント提案を受け付けるということでCFX(Call For X)という言い方をしている。
昨年はCFP & CFXと言っていたが、XはPを内包するよねということで今年はCFXという単独での募集とすることにした。
あとは募集締め切り日をどうするか、ということだが、これは〆切後に募集内容を吟味し、どれを採択するかを決定し、採択者に通知をするというスケジュールまで含めて考えることになる。
採択は基本的に実行委員の投票で決めるが、最終的には全体のバランスを見てセッション班で調整をさせてもらうということを事前に実行委員内で合意していた。これは、例えば投票の結果あまりに特定の分野に偏っていたりした場合などを想定してのことである。
そうなると採択決定前後の実行委員の負荷、特に我々セッション班の負荷は想像に難くないわけだが、ここで実行委員長から衝撃の一言が。
「登壇者には、冬休みを登壇内容をブラッシュアップする時間に充ててもらえるようにしたいから、採択通知は年内にしたい」
ここから逆算すると、最も負荷のかかる作業を行うのが12/24~26頃と言うことになる。
が、2025/12/26は金曜日なので多くの企業では最終業務日。12/24~12/26は業務の締めの作業で上を下への大騒ぎである。さらに僕を含め子どものいる家庭は白いおひげのおじいさん をおうちにお迎えするという重要な任務がある(ちなみに僕と加藤さんと寺井さんは奇しくもみんな小さい娘ちゃんのパパ)。
正気か。
喧々諤々すったもんだ七転八倒阿鼻叫喚の末に、当初12/26に採択通知としていたのをなんとか12/31まで伸ばし、セッション班はその時期超頑張る、実行委員の皆さんには短期間で申し訳ないけど3日程度で投票してもらうということで決定。
思い出しただけでも胃に穴が空きそう 。
余談だが、先日実行委員での振り返り会で実行委員長は「これは本当に無理言って済まなかった」と謝っていた。来年の申し送り事項にも「とにかく早く動く。特にセッション。9月スタートで年内に採択通知とか無理ゲー過ぎる」と正直に書いたら、同じようなことが数件書かれていたので多分みんな辛かったのだろう。色々すまん。
「無理する清家さんの手綱を引っ張るのが僕の仕事の一つ」なんてどの口が言っている。
むしろ「なんとか委員長の気持ちを実現してあげて」と後押ししてみんなを説得に回ってた自分を責めて・・・もとい、褒めてあげたい。
招待セッション
なんとかCFXのページを公開し、招待セッションの詳細に入る。基本の招待レーンは清家さんが聞きたいと思う人を挙げてもらうことにしていた。セッション班のメインの仕事はその中から選択するのと、もう1つのレーンであるパネルレーンである。
この2つのレーンの設計については別の記事 でも触れたが、今回のテーマでもある「Mashup for the future」を、異なる領域を掛け合わせて価値を生むという意味で体現するレーンと言っても過言ではない。
どんな話が聞きたいか、それを誰に依頼できそうかなどを色々挙げながら検討していった。
ハードウェアやネットワーク、データセンターなどの話を聞きたいという要望に対してAWS沼口さんからAWS向け独自チップ設計・製造をされているアンナプルナラボさんと、データセンターを運用されているADSJさんを紹介いただいたときは個人的にはガッツポーズであった。が、この2社に公開の場でのパネルディスカッションをお願いするのは難しいかも、というお話も同時に頂いた。
どうしても喋れることと喋れないことがあるので事前に決まった内容を話す通常セッションならまだしも、どういう展開になるかが分からないパネルは登壇自体が難しい(特にメディアがいる場では)との事だった。
確かにそれは理解できるので、無理にパネルにせず通常のセッションにしたほうがよいだろうという話になった。レーンの設計としてはぶれてしまうが、それ以上にこの2社の話が聴ける価値の方が明らかに大きいと判断した。
どういう話を我々が求めているかを伝える作文の必要があったが、こういうのは僕の得意分野なのでパッションのおもむくままに一気にADSJさん向けの原稿を書き上げた。アンナプルナラボさん向けのものはちばさんにお願いしていたので、僕の分も見ながらちばさんに最終調整を依頼した。
もし「初心者レーン以外はちょっとレーンの統一感ないなー」と思われた方がいらっしゃったのであれば申し訳ない。裏にはこういう事情があったのです。
そして、「統一感がなくても、内容面白かった」と思っていただけたなら幸いです。
コミュニケーション施策
ちょうどこの頃、10月25日にSORACOM UG Explorerが開催された。
福岡会場の懇親会の席で清家さんと話をしていて「初めてDAYSに来た人が何を聞きに行って分からない、とか質問したいけど誰に聞いたらいいか分からない、みたいなのあると思うんだよね。そういうのを質問できるコンシェルジュみたいなの置くとよくない?」という話をした。
清家さんはそれは良いので是非やろう、と言ってくれたので、次の定例会で提案し、実際に進めることになった。これがなんでも相談ブース になった。
色々とドタバタして、AWS Heroの皆様におんぶにだっこのアドリブ企画になってしまったが、少なくとも初の試みとしては一定の成果を出せたのではないかと思う。形がどうなるかは分からないが、来年以降もなにかしらこういった企画が残ってくれるととても嬉しい。
年明け
すったもんだはあったものの、なんとかCFX採択者の通知を12/31に終え、セッション班の仕事は山場を超えた・・・はずだった。
あとは登壇者への連絡や当日の動きの確認、ワークショップの募集などをこなしていけばいいだけのはずだったのだが、なかなかそうは問屋が卸さない。
詳細は省くが、登壇者を入れ替えざるを得ない緊急事態が発生。
なんとか調整をしたものの、調整した方も当日1週間前に緊急事態発生。
人生何があるか分からないものであるが、2度あることは3度ある・・とならなくてよかった。
マジで胃が痛い。
本番1週間前
なんとかタイムテーブルも確定、ワークショップの募集も完了、登壇者への連絡も完了。あとは我々は体調に気をつけて現地に行くだけ。
そんな中、懇親会班から「前日の登壇者向け前夜祭で、最後にセッション班から誰か挨拶して」と依頼があった。セッション班の定例で、満場一致で私にぶん投げられた。マジか。まぁ頑張ります。
3月5日、いよいよ本番前最後のセッション班定例。ざっと見直してタスクの漏れがないことと前日・当日の我々の動きを確認し、現地で会うことを約束して早めに終了。いよいよである。
前日準備
朝の飛行機で羽田空港へ。荷物をホテルに預けて会場設営に向かう。
2部屋使った会場を見て、改めてその広さにテンションがぶち上がる。まだ人や展示物が入っていないこともあってさらに広く感じるが、明日これが埋まるほどの人が集まるかと思うだけで、自然と気持ちが高揚してくる。
設置中のセッション会場
登壇者に時刻を知らせるスケブやベル、ワークショップで並ぶ人の整列に使うすずらんテープなどを各トラックに配置したらセッション班としての準備は、ひとまずここで一区切り。
コミュニケーション施策についても、ヒーローに着用してもらうタスキや印刷物、配布するシールなどを設置したら準備完了。
なんでも相談ブースに設置された備品
あとの時間は会場をウロウロしながら、手伝える仕事を見つけて回っていた。
集まってきている実行委員の面々、この半年の間は毎週のようにオンラインで顔を合わせていたものの直接会うのは久しぶりだったり初めてだったりするので、互いの作業の邪魔にならない程度に短く挨拶を交わす。みんなテンション上がっていて楽しそうだ。祭りの前の高揚感を感じる。
会場見学会
基調講演のJeff Barr氏の控え室になる貴賓室
お祭りトラックのAWS麻雀のテストプレイ(?)
ロゴのサメを使った顔抜き
18時頃に撤収し、前夜祭が行われる目黒のAWSJ本社に移動。池袋駅からサンシャインに向かう途中にある大きな看板の前でみんなで記念写真。いい年した大人が人通りの多い場所ではしゃいでいるがこのテンションはもう仕方ない。
大看板
前夜祭
前夜祭の会場では続々と明日の登壇者が集まってきていた。セッション班のみんなで声を掛け合い、登壇者の皆さん、特に招待セッションの皆さんに挨拶に伺う。あまり時間も無いので謝意と明日への期待を話すので精一杯だが、こんな素晴らしい人達と同じ時間を過ごせているだけでも、興奮でめまいがしそうになる。
そして、基調講演を依頼している、AWSのチーフエバンジェリストのJeff Barr氏が来られたのを発見したので突撃。2年前にJAWS DAYSでお会いしたこと、今年はセッション班として動いていること、基調講演を引き受け、DAYSに来てくれた事への感謝を述べてツーショを撮ってもらった。最高。多分ここが本日のハイライト。
Jeffとのツーショ
今回ワークショップをお願いしている、AWSのIVSチームのToddにも同じくご挨拶できた。Slackでのやり取りの中に私もいたことを覚えていてくれていて、とても嬉しかった。
前夜祭はつつがなく進み、最後に実行委員長からの挨拶、サポーター班からの挨拶、セッション班からの挨拶で終了。
セッション班からの挨拶は僕なわけだが、
実行委員長の無茶振りに応えて、最高のセッション設計が出来たと思っている
最高の登壇者である皆さんをお迎えして、明日のセッションも間違いなく盛り上がると確信している
明日はよろしくお願いします
…みたいなことを、緊張しながらも精一杯お話しした。
これでよかったのかは分からないが、会場は盛り上がってるようなのでよかったと思うことにした。
セッション班を代表しての挨拶
前夜祭集合写真
その後、登壇者のひとりでもあるStorage-JAWSの藤原さんと、清家さんと、清家さんの同僚の登壇者の方と4名で池袋方面で軽く二次会。
清家さんはノンアルコールのみで早めに帰ったので偉い。
いよいよ明日。あとは遅刻しないように起きるだけである。
当日朝
ちゃんと余裕を持って起きられたので偉い。
スタッフTシャツに着替え、出発。ホテルから会場までは徒歩でも行けるが、池袋駅前にストリートフラグが出ているはずなのでそれを見るために敢えてJRで移動した。
が、ここでまさかの大失態。池袋駅に降りた瞬間、忘れ物をしてきたことに気がついた。しょうがないのでUターンし、荷物を持ってタクシーで直接現地へ。ストリートフラグは結局生では見られなかった。痛恨の出来事だが、集合時間には間に合ったので良しとしよう。もう今日はこれ以上何も起きないことを祈る。
既に沢山のスタッフが早朝から現地に集まっている。徐々にボルテージが上がってきているのを感じる。
集まった中に九州メンバーを見つけて声をかけ、いつものように写真を撮った。みんないつもあざます。今日は本当にお願いします。
九州メンバー集合写真
開場、そして基調講演
当日スタッフも集合し、朝のミーティングが行われた。最後に集合写真撮ったが既にめちゃ人いる。これだけの人達が動いてくれるんだから絶対うまくいく。
なお、僕自身は当日はセッション統轄という立場なので、あちこちをウロウロして、レシーバーで呼び出されたら飛んでいく何でも屋のような動きをすることになっている。
スタッフ集合写真
開場予定時刻の前から多くの人が集まっていたので、9時を待たずに少し早めに開場。いよいよ始まった。
そして、僕にはもう1つ大きな役割がある。最初の基調講演前後の司会である。いきなり前日に決まった役割だが、
清家さんの実行委員長挨拶終了後にマイクを受け取る
Jeffをステージに呼ぶ
終わったらJeffに謝意を伝え、さらに「実行委員長から花束の贈呈がある」というのを伝えて清家さんを呼ぶ
という段取りなので、ChatGPTと壁打ちして頑張って英語のカンペ作って短時間だが練習した。
が、まぁそんな付け焼き刃でちゃんと喋れるわけもなく、呼び込みの「Jeff, the stage is yours!」という超短いフレーズすら噛み噛みという体たらく。
死にたい。いや、死なないけど。でも穴はあったら入りたい。
Jeffの基調講演。ステージ横からの一枚
終わった後の説明は長尺なのでもう無理をせずにスマホのカンペを見ながら喋る。こちらはある程度ちゃんと喋れたと思う。少なくともJeffには伝わったので良しとしよう。
清家さんからの花束贈呈も無事終了。大仕事終わったのでほっとひといき。
なお、基調講演が10分ほど押していたため、終了前からスタッフ間ではレシーバーで「いつ終わりそう?」「まだ終わる気配ない」「じゃあこのあとのスケジュールこんな感じでずらして」「遅れた分は昼休みのところで吸収で」みたいな慌ただしいやり取りが行われていた。冷静にやり取りできたのは百戦錬磨の会場班のおかげだと思う。本当に感謝している。現場の安定感と安心感が段違いだった。
セッション開始
いよいよセッション開始。ここからの光景こそ、僕たちセッション班のこの半年の仕事の成果といっても過言ではない。
あちこちをウロウロしたが、まず目に入ってきたのは満席近く埋まって盛り上がっている初心者トラック。泣きそうになった。この企画をやってよかったと、心から思った。
満席の初心者トラック
「なんでも相談ブース」にも何度も足を運んだが、ヒーローの皆さんがタスキを着けてステッカーを配っている姿に涙が出そうになった。みんな本当にありがとう。
みうみうとツーショ
巡回中のよしえさん
ブースでは質問に回答
招待セッションは満席で立ち見も出るほど盛り上がっていた。清家さんと僕たちの思いはきっと届いていると確信した。
招待セッションの様子
招待セッションの様子(2)
多少接続トラブルがあったりもしたが、全て会場班やセッション班、当日ボランティアスタッフの現場力で解決できた。みんな最高だ。
レシーバーには他にも色々飛び込んできたが、どれもすぐに対応できたように思う(記憶が怪しい)。大きなトラブルがなかったのが一番よかった。
懇親会
そして全てのセッションが終了し、会場で懇親会が始まった。僕はレシーバーの回収など後片付けのために前半は会場内を走り回っていた。知り合いを見かけては参加への謝意を伝え、一瞬乾杯だけしてまた走り出した。
見かける顔はみんな笑顔だった。みんな楽しそうだった。この笑顔のためにやってきた。本当に報われた気がした。
懇親会の終了間際、よしえさんの提案で歴代のAWS Samuraiで集合写真を撮ろうということになった。みんな良い笑顔だ。
ふるさとさんに声をかけられなかったのを、あとでご本人に言われるまで思い出せなかった。本当に申し訳ない・・・。
歴代AWS Samurai集合写真
懇親会は大盛況だった。参加者のみんな、本当に素敵な笑顔で会話していた。懇親会班GJ。誰がなんと言おうと僕の中では最高の懇親会だった。
参加者集合写真
最後に片付け、実行委員で集合写真を撮った。
みんな最高だった。
素晴らしいチームだった。
もう言うことない。
写真見るだけで今でも泣きそうになる。
実行委員集合写真
公式二次会~HUB
今年は初の試みとして、公式に二次会を開催した。200人近くが参加していたが、よくこれだけの人数が店に入ったものだと感心する。
会場への移動中、明日には撤去されてしまう大看板を再度写真に撮った。祭りの後の静けさが漂っていた。
大看板
奥の方では念願の企画であるタトンカチャレンジも行われていたが、遠すぎてもう何が行われてるのかも分からない。誰がいるのかも分からないが、とにかく懇親会で何も食べられなかったので、空っぽのお腹に唐揚げを詰め込んでいった。
公式二次会
22時頃終了したが、もう少し飲もうということで、一番近いHUBに移動。HUBに行けばだいたい見たことあるメンバーがいるのがJAWSのイベント後のいつもの様子。
HUBでの一コマ
終電ギリギリで解散し、ホテルへ戻った。
ホテル
ホテルに戻り、昨日は存在を見落としていた大浴場で疲れた体をほぐして部屋に戻る。
疲れ果てているし、明日はJAWS-UGの総会もあるので早く寝ないといけないが、今年に入ってから毎日続けている日記を、軽くまとめた。
今年はこの日記をChatGPTに投げて感想をもらっているのだがそれが楽しくて忙しい日も疲れている日もちゃんと続けられている。
日記を読んだChatGPTが聞いてきた。
「JAWS DAYSお疲れ様でした。本当に楽しそうで、大成功のようでよかったです。ちなみに、今回のイベントの自己評価は何点ですか?」
僕は間髪入れずに応えた。
「一億点だよ」