継続的なコミュニティ運営を目指す、一つのやり方 - JAWS-UG KYUSHU QUESTという取り組み -

2026年9月26日、JAWS-UG KYUSHU QUEST 2026 in Fukuoka が開催されました。

jawsug-fukuoka.connpass.com

本イベントは、JAWS-UG(Japan AWS User Group)の九州各支部(福岡、佐賀、大分、熊本、長崎、鹿児島)が一堂に会して主催したイベントです。

今回は、イベント当日の内容よりも、このイベントがどのような考えから企画され、どのように実現していったのか、そして今後の継続的なコミュニティ運営にどう繋げていきたいのかについて紹介します。

以下、いつものように文体を変えてお届けします。

JAWS Festa 2023 in KYUSHU

JAWS Festa 2023 in KYUSHUは、コロナ禍を経て4年ぶりに開催された、全国規模のJAWS-UGのイベントである。詳細は別記事に譲るが、個人的にも世間的にも(と僕は信じている)大成功であった。

jft2023.jaws-ug.jp

showm001.hatenablog.com

このイベントでは「九州のつながり」をテーマにしていたが、そこから実際に熊本支部や長崎支部、鹿児島支部のリブートが実現した。

この一連の流れを、Festaの実行委員長だったあべたくが非常に上手く言語化し、「ひとりよりみんなで!」という言葉を使って多くのイベントで皆さんに共有していた(以下資料はJaws Festa 2025 in Kanazawaでの発表資料)。

speakerdeck.com

Festaを通じて生まれたつながりが、各地のコミュニティの活動につながっていったのである。

ただ、こうしたつながりを一度きりのものにせず、どう維持していくかということも考えていた。

九州キャラバンという奇跡

2025年の1月~2月、九州の各支部がそれぞれにイベントを開催していたが、ふと気がつくと各支部のイベントが重ならず、毎週末のように並んでいた。そして、その最後が3月のJAWS DAYS 2025になっている。

誰も示し合わせていない(先に日程を決めた支部があったからずらしたということはあったかもしれないが)のに、この並びはまるで計画されたかのように美しく、九州全体でのコミュニティの連携を象徴しているかのようであった。

これはもう何か名前を付けるしかない、と思い立ち、僕はJAWS-UG九州のコアメンバーが集まっているSlackチャンネルで「九州キャラバン - Road to JAWS DAYS 2025 -」という名前を付けることを提案した。即座にみんな賛成してくれた。みんなノリが良くて大好きだ。
そして名付けのセンスに首をかしげた人がいたとしたら、それは全面的に僕の問題なので、どうかご容赦いただきたい。

名前を付けたとはいえ、それで特に何かが変わるわけではない。各支部のイベント開催時に「九州キャラバンの一環で、これだけのイベントをやってるから他の支部にも行ってみてね」と声をかける程度である。

しかし、この小さな意識の共有が、九州全体でのコミュニティの連携をより強固なものにしていったと信じている。

そして、実際には「2月にあと2ヶ所埋まればカレンダーが綺麗に埋まるんだけど・・・」と言ったら即座に埋めてくれた沖縄支部には感謝しかない。彼らのおかげでキャラバンは完成したと言っても過言ではない。

なお、次の機会である「九州キャラバン - Road to AWS Summit 2025 -」の時には、ちゃんと調整しながらカレンダーを埋めていった。

佐賀支部のコアメンバーのしばおさんの言葉を借りるなら「偶然を仕組みに変える」ということになる。言語化が的確すぎて嫉妬を覚える。

偶然に生まれた各支部の連携を、次からは意図的に作り出す。この経験は、後のQUESTの構想にもつながっている。

胎動

このキャラバンの発案は偶然に支えられたものではあるが、その裏側で、(確か)2024年頃から考えていたことがあった。

思いつきをあべたくと雑談レベルで話し、他の人にも飲みながら喋っているくらいのレベルではあるが、「リブートした支部の支援の一つとして、年に1回くらいは九州全体で集まるイベントを開催できないか」というアイデアである。

発想としては、JAWS-UG四国の4支部(香川、愛媛、徳島、高知)が合同で開催しているイベント「クラウドお遍路」がモチーフになっている。同じように、北陸地方の各支部が開催している「JAWS-UG北陸新幹線」というイベントもあるので、決して突飛なことでもオリジナリティのある話でもない。

同じような形で、何か九州でもできるといいんじゃないか、というところである。

これをやってみたいと思ったのには色々な理由があるが、以下のようなことを考えていた。

Festaでのつながりを再現したい

Festaでは九州各地のメンバー(支部運営者だけではなく、イベントに参加する人も含む)が一堂に会し、そこでつながり、仲良くなることで支部のリブートや活性化につながった。

JAWS-UGには地域を超えた交流の機会として、以下のようなものがある。

  • JAWS DAYS(東京で開催される全国規模のJAWS-UGイベント)
  • JAWS Festa(全国の各支部が持ち回りで開催する地域密着型のJAWS-UGイベント)
  • AWS Summit(AWSが主催するクラウドカンファレンス。近年は6月頃に幕張メッセで開催されている)

しかし、九州のメンバーがこうしたイベントに参加するのは、地理的な制約や予算などの関係もあって難しいことも多い。

もちろん、全国規模のイベントに参加する価値は非常に大きい。しかし、それだけに頼っていては、地域を超えた交流の機会が限られてしまう。

そこで、年に1回程度、九州各地のメンバーが集まるイベントを九州で開催できないかと考えた。

Festaで生まれたようなつながりを、偶然や数年に一度の大きなイベントだけに頼らず、継続的に生み出せるようにしたかったのである。

運営ノウハウを共有したい

リブートしたての地域や、あまり活発に活動していない地域の運営の方々が、他の地域の運営ノウハウを学び、自分たちの地域に取り入れる機会があるといいかと考えた。

現在でも、リブート時はもとより、日常的な運営においても、九州のメンバーは相互に学び合い、支え合っている。

しかし、1つのイベントをみんなで運営すると、より実践的なノウハウの共有が可能になり、地域全体の運営力向上につながるのではないだろうか。

実際、全国イベントの運営に参加することで得られるノウハウは非常に多く、地域の運営力向上に大きく寄与している。

一方で、いきなり大きなイベントの運営に手を上げるのが不安な人もいるだろう。気心の知れた九州の合同イベントであれば、もう少し気楽に参加できるのではないだろうか。

イベントを開催することそのものだけでなく、その過程で運営に関わる人が経験を積み、各地に持ち帰っていくことにも価値がある。

そして、それぞれの支部が少しずつ運営力を高めていけば、九州全体のコミュニティもより強くなっていくのではないかと考えた。

連携を示す何かが欲しかった

よく全国のJAWS-UGのメンバーから「九州の支部って仲がいいよね」と言われるが、これを具体的に示す何かが欲しかった。

九州全体で一つのイベントを開催すること自体が、その象徴になるのではないだろうか。

もっとも、ぶっちゃけていうとMedia-JAWSとかが自分たちのパーカーを持っているのが羨ましかったから、九州でも作ろうぜ!くらいの軽いノリだった。

雑すぎる。

しかし、同じ名前のイベントやロゴ、グッズなど、みんなで共有できるものがあると、地域を超えた一体感にもつながるのではないだろうか。

「持ち回り開催」という考え方

とにかく「継続的に実施すること」と「みんなが自分事として考え、主体的に関わること」が重要である。

単純に人の集まりやすさや利便性、もっと言えばイベントの規模を確保するのであれば、福岡や熊本で開催するのが妥当と言える(他の地域の皆さんごめんなさい)。

けど、それじゃ駄目なのだ。

例えば、毎年福岡でやるからみんな集まってね!では何も変わらない。

だからこそ、「毎年同じ場所で開催するのではなく、九州各地を巡る形で開催する」という形にすることが重要である。

開催地が変われば、中心になって動くメンバーも変わる。それぞれの地域が自分たちのイベントとして関わり、他の地域のメンバーがそれを支える。その地域のJAWS-UGメンバーはもとより、場合によってはAWSを知らなかったり、エンジニアコミュニティに参加したことがない人も巻き込んでいく。

こうした経験を重ねることが、各支部の運営力向上と地域のエンジニアコミュニティ文化の発展にもつながると考えた。

イベントにかこつけてあちこち旅行したいだけじゃないのかと言われたら、まぁそうかもしれないが、そのノリがコロナ禍以降のFestaをはじめ、全国のJAWS-UG地方支部の活性化に一役買っているのも事実だと思う。

金沢のふぁらおさんも同じことを言っていたから間違いない・・・と主張の責任を人にぶん投げておく。我ながらずるい論法である。

「省力化」という考え方

Festaを再現したいのなら、Festaをやるのが一番手っ取り早い。しかし、Festaは例年全国各地の支部で手を上げたところが開催する。九州全体で毎年同じ規模のFestaを開催するのは現実的ではない。

そして、なによりも、Festaの規模を毎年なんてやりたくなかった。既にDAYSとFestaもあるのに、同規模のものを新たに作って毎年地方で回すなんて正直辛すぎる。どう考えても継続するわけがない。

繰り返すが、今回考えているのは「いかにして各支部が継続的にコミュニティ運営できるか、それを支えていくか」である。

そのためには、とにかくみんなが気楽に、省力で回せる仕組みを作ることが重要である。

もちろん、大きなイベントを開催することには価値がある。

多くの参加者が集まり、多様なコンテンツや交流の機会が生まれる。運営する側にとっても、普段の支部勉強会では経験できないようなことを学ぶ機会になる。

しかし、大きなイベントを毎年開催することを前提にしてしまうと、各支部の負担が大きくなり、継続が難しくなるのではないかと考えた。

今回の目的は、イベントを年々大きくしていくことではない。

各支部が無理なく、主体的に関わりながら、継続的に活動できる環境を作ることである。

そのためにも、イベントの規模は開催地の事情に合わせて柔軟に変えられるようにしたかった。

全体構想

ここまでの考えを踏まえた上で、イベント全体のイメージを考えていく。

具体的なところは後回しとし、僕はこういう表現をしていた。

  • 毎年1回、支部持ち回りでイベントをやる
  • ただし、各支部の負担が大きくなりすぎないように工夫する
  • 各支部は、少しだけいつもより大きめの会場を準備して、合同イベントの名前で集客する
  • 難しかったらいつも通りの規模でもいいから、とにかく合同イベントの名前で開催する
  • グッズは1回作ったものを使い回すので、毎回新たに作る必要はない

このくらいであれば、みんなが気楽に参加でき、省力で回せるのではないだろうか。

グッズも「SUZURIで売ってるから欲しい人は自分で買ってね」という形にして、スポンサーを募るような手間を省く。

コンテンツはみんなで毎年考えるが、難しかったら公募セッション+LTくらいでも構わない。

もちろん、開催地のメンバーがもっと大きなイベントに挑戦したいのであれば、それもいい。大切なのは、その規模を毎年維持することを前提にしないことである。

とにかく、同じ名前のイベントが毎年九州各地で開催され、地元のメンバーが主体的に動き、それをみんなが支えるという形を作れればいいのではないか。

そういう構想をし、みんな(主にあべたく)に話していった。

思いつきを若い人にぶん投げているだけとも言える。相変わらず酷い大人である。

日程確定

キャラバンがDAYSとSummitのたびにちゃんと継続している一方、こちらはなかなか進まない。忙しいのもあって、やるやる詐欺状態が1年以上続いた。

さすがにそろそろ形にしたい、とあべたくと話し、2026年早々に「とにかく日程と場所を決めて、走り出してから考えよう」と決めた。

雑すぎる。

けど、そのくらいのノリで動く規模でちょうどいいのだと思う。

3月のJAWS DAYS 2026の前後だったかと思うが、9月26日で行こうと決定。

6月はSummit、7月はSORACOM Discovery、10月はSORACOM UG Explorerの運営で僕が動けない、11月はFestaがある、12月はre:Invent・・・と考えると、もうその辺しか空いていない。

みんな(主に僕)がイベントを詰め過ぎである。そして、空いているところに詰めていくからますます詰め過ぎになる。

こんなことするから奥さんに怒られるのだと分かってはいるのだが。

なお、今年はさらに9月の頭にJAWS SONIC 2026もあったので本当に詰め過ぎた。ごめん、来年こそは自重する(毎年言ってる)

会場確定

日程が決まったので、会場を考えていく。

前回Festaの際にお借りした福岡工業大学や、地元QTnetさんが運営されている会場などを検討していたところ、あべたくが「大名ガーデンシティのMoney Forwardさんの会場が借りられそう」と言ってきた。

さすが過ぎる。最高。

数回やり取りし、基本路線としてMoney Forwardさんの会場を借りる方向で進めることになった。

しばらくして、あべたくが「あ、Money Forwardさんと同じフロアにKINTO Technologyさんも入ってて、そこも借りられそうなのでお願いしてきた」と言ってきた。

複数の会場があれば、ハンズオンやBuildersCardのような体験型コンテンツも同時に実施できる可能性が広がる。

これは面白い。さすが過ぎる。

が、ふと気がついた。

省力設計 is 何。

とはいえ、せっかくなのでそのまま進めることにする。

若い人の頑張りを見守るのも大人の役目というと聞こえはいいが、実際は何も考えていないのかもしれない。

登壇者手配

次は登壇者の手配。

とりあえず話を聞きたい人を挙げていくが、あべたくが「DevOpsエージェントの話が聞きたいのでフォージビジョンの山口さんを呼びたい」と言ってきた。

僕も興味があるので、山口さんに声をかける方向で進めることにした。

ちょうどその頃、GW明けに「JAWS-UG おおいた×SORACOM UG 九州コラボ会!」を実施した。

soracomug-tokyo.connpass.com

こちらもあべたくと「そろそろ久しぶり(前回が2018年)にSORACOM UGとのコラボを大分でやりたい」と話していたので、二つ返事で進めたイベントだった。

その会場で、AWSJのコミュニティマネージャーの沼口さんと話していて「こういうことを考えて9/26に福岡でイベントをやろうと思ってるんですよねー」と話したところ、「お、スケジュール空いてるからそれ行くわ」とその場で参加表明。

フッ軽過ぎて痺れる。

沼口さんに来ていただけるのであれば、AWSのコミュニティ施策関連の内容で登壇を依頼できそうである。

さらに6月になり、AWS Summitに参加すると、基調講演開始前にプレス席にASCIIの大谷さんを発見。

あべたくと二人で挨拶に行き、「こういうことを考えて9/26に福岡でイベントをやろうと思ってるんですよねー」と話したところ、「今のところ空いてる、いけそう」と言われたので、その場でせっかくなので何か登壇をお願いできません?と話した。

イベント全体の設計はもちろん、日取りと場所しか決まっていないのに登壇者が豪華に決まっていく。

来年以降の人たちがこれを見て、イベント設計や登壇者手配で頭を抱えるのではなかろうか。

継続性 is 何。

まぁ面白いことになってきているので、とりあえず突っ走ろう。

イベント準備始動

あとは早めにconnpassページを作って募集をかけて、裏でロゴのデザインやグッズの手配をしていくか・・・と思っていたが、8月くらいまで僕もあべたくも忙しすぎて全く回らない。

特にあべたくに負担が集中していて、ちょっとまずい状態だったが、僕もあれこれ忙しく、サポートに手が回らずにいた。

そこに清家さんさん登場。

そろそろ巻き込まねばと思っていた矢先に、自分から巻き込まれに来てくれて、「九州のイベントって結局どうなってんの?」と聞いてくれた。

そこから説明会の段取りをしたり、足りないところを整理したりして、みんなを巻き込んで進められるところまでドライブしてくれた。

さすがJAWS DAYS 2026実行委員長。最高すぎる。

当初は僕とあべたくが中心となって話を進めていたが、ここから徐々に、九州各支部のメンバーがそれぞれの得意なことを持ち寄る形になっていった。

今回のイベントで実現したかった「みんなで運営する」という形が、ようやく本格的に動き始めたのである。

怒濤の準備期間

この時点で8月中旬。省力設計を目指してとは言ったものの、さすがにお尻に火がついている。

まず、タスク管理のBacklogはしばおさんがガンガン整理してくれた。

さすが本職(彼はNulabの人)。最高すぎる。

しばおさんはそれ以外も空いているタスクをどんどん拾ってはこなしてくれた。しごでき過ぎて痺れる。

大急ぎでconnpassページを作る。タイムテーブルを埋めながら、全体のイベント設計を同時並行で進める。

KINTO Technologyさんのサブ会場はDAYS/Festaなどでいうお祭りトラック的なものとし、鹿児島支部の山ちゃんさんに一任。
ぶん投げただけとも言う。酷い大人だ。

8月末にとりあえず募集開始。

募集を開けた瞬間に、公募セッションがFusicさんからの3件で埋まってしまった。さすがである。

清家さん(Fusicの人)は「社内には何も言ってないですけどね、すいません・・・」と言っていたけど、埋まってくれたことがありがたい。

ロゴのデザインは、Festaの時にデザイン班で八面六臂の活躍を見せた佐賀支部の松尾(ジョン)さんにお願いした。

こちらのやり取りはあべたくとジョンさんで進めていて、気がついたら超かっこいいロゴができていた。

JAWS-UG KYUSHU QUESTロゴ

最高すぎる。

SUZURIの準備もジョンさんがやってくれ、9月早々にグッズの販売ページが公開された。すぐに自分の分と登壇者の分のTシャツを購入。

suzuri.jp

招待講演をお願いしていた山口さん、沼口さん、大谷さんをFacebook Messengerのグループに招待して、登壇内容の調整開始。進んでいるか心配した清家さんも入ってくれた。

大谷さんが参加できなくなったとのことだったので、急ぎ別案を検討。

最終的に、connpassの参加者一覧に札幌支部のみうみうと愛媛支部の影浦さんがいるので、パネルディスカッションで行こうと決定。

なお、みうみうは別途9/3に福岡に来ていたので、一緒に来られた杉本さんとすずけんをお迎えして、9/3にもJAWS-UG福岡を開催している。

jawsug-fukuoka.connpass.com

イベント詰め過ぎである。

こうして振り返ってみると、準備が進んだのはそれぞれの得意分野を持つ人たちが、自分たちで役割を見つけて動いてくれたからこそである。

九州各地の運営メンバーがつながっていることの強さを、改めて実感することになった。

ただ、当初目指していた「省力化」が実現できていたかというと、正直かなり怪しい。

本番直前の追い込み

9月中旬になり、いよいよ準備もラストスパート。とはいえ、やることがまだ山積み。

ラストとは。

パネルディスカッションの内容の調整、現地視察、タイムテーブル確定、懇親会の手配、当日のスタッフ配置など、とにかくできていないものをBacklogに整理したり、Slack上で声をかけたりして進めていく。

会場の現地視察は、9/11にDeveloper Summitに向かうついでに、しばおさんと僕で行ってきた。レイアウトや機材、会場利用上の注意事項などを確認した。

受付のフローを確認し、参加者に首から下げてもらう名札と、懇親会参加者のリストバンドを手配。
名札の紙のデザインは佐賀の美鈴ねーさんが秒で作ってくれた。最高。

当日のオープニングを喋るのは、いつメンではない方が良いだろうということで、長崎支部の紫苑さんにお願いすることにした。

何とかこれで本番を迎えられそうである。

運営ノウハウを共有するのが大きな目的だったはずなのに、こんなドタバタでよかったのか。

参加者も増員を2回行い、それでも申し込みが満席になる状況だった。

嬉しい反面、想定より大きくなりすぎていて、来年以降のプレッシャーにならなければ良いのだが。

本番当日

当日はあいにくの大雨。

そして僕が急遽午前中の所用で動けず、現地の準備に行けないという想定外のことに。

とはいえ、現地には歴戦の猛者が揃っているので、きっと何とかなっていると信じる。

なんとか午前の用事を済ませて現地に向かい、開始ギリギリに飛び込めた。

会場の準備も当日の進行も滞りなく進み、無事イベントも盛り上がって終了できたので、大成功と言っていいだろう。

個人的には、これだけ短い準備期間で、これだけの規模のイベントを実現できたことに非常に満足している。

何より、これが実現できたのは九州各支部のメンバーが互いに協力し、それぞれの力を発揮してくれたからこそである。

パネルディスカッションの終盤には、パネラーである鹿児島支部の新山さんに「来年は鹿児島でいいですよね?」とぶん投げて、来年の開催地も決定。

「Yes」or「はい」or「喜んで」の3択しか選べない状況で話を振るあたりが相変わらずずるい大人である。

こうして、初回のQUESTは無事終了し、次回の開催地にもバトンをつなぐことができた。

当日の集合写真

最終的に参加申し込み73名中61名が参加(出席率84%)、そしてそのうち懇親会参加者が43名(参加率70%)だった。大雨で足下が悪い中、素晴らしい数字であった。

あと、個人的には懇親会を祝いめでたと手一本で締められたので、コロナ罹患で当日参加できなかったFesta 2023の雪辱を晴らすことが出来たと思う。長かったが、ようやく僕のFesta 2023は終わった気がする。

今回の成功を、次回の負担にしたくない

今回のQUESTは、当初の構想から考えると、ずいぶんと大きなイベントになった。

2つの会場を使い、豪華な登壇者をお迎えし、多くの参加者に集まっていただくことができた。

これだけのことを実現できたのは、素晴らしい成果だと思っている。

しかし、ここで改めて考えておきたいことがある。

今回の規模を、来年以降の基準にはしたくない。

大きなイベントには大きなイベントの価値がある。

実際、今回のパネルディスカッションでも山口さんから「もっと大きなイベントを目指してほしい」という趣旨のお話があった。

それはそれで、僕も素晴らしいことだと思う。

大きなイベントの運営に関わることは、運営メンバーにとって非常に良い経験になる。参加者にとっても、より多くのセッションや交流の機会が生まれることには大きな価値がある。

開催地のメンバーが「次はもっと大きなイベントにしたい」と考えるのであれば、ぜひ挑戦してほしい。

ただし、イベントを大きくすること自体を目標やKPIにしてしまうと、継続が難しくなるのではないかと考えている。

今年よりも大きくしなければならない。少なくとも今年と同じ規模を維持しなければならない。

そう考えるようになってしまうと、開催すること自体のハードルが上がってしまう。

例えば、他の支部が「福岡であれだけの規模で開催したのだから、自分たちも同じくらいやらなければ」と考えて、開催をためらうようになってしまうかもしれない。

あるいは「これだけの規模のイベントを毎年開催するのは大変だから、2年に1回にしよう」という話になるかもしれない。

それでは本末転倒である。

そもそも、QUESTは毎年大きなイベントを開催するために企画したのではない。

九州各地のメンバーが定期的に集まり、交流し、互いの運営ノウハウを学び合う機会を継続的に作ることが目的だったはずである。

だから、大きく開催する年があってもいいし、小さく開催する年があってもいい。

開催地によって事情も違えば、運営に関われる人数も違う。各支部が自分たちのやりたいことや、できることに合わせて考えればいい。

普段の支部勉強会に少し毛が生えた程度の規模でも、十分だと思っている。

むしろ、そうした形でも毎年続けられることが、このイベントの強みになってほしい。

規模を大きくすることは選択肢であって、義務ではない。

今回の成功が、次回以降の最低ラインになってしまうことだけは避けたい。

イベントを大きくすることと、コミュニティが強くなることは、必ずしも同じではない。

参加者が増え、イベントが華やかになっても、そのために一部の運営メンバーが疲弊したり、次の開催をためらったりするようでは、長期的なコミュニティの活動にはつながらない。

逆に、イベントの規模が小さくなっても、新しい人が運営に参加したり、各支部のメンバーが互いに協力し合えるようになったりするのであれば、それはコミュニティにとって大きな成果ではないだろうか。

引き継いでいきたいのは、今回のイベントの規模ではなく、九州各地のメンバーがつながり、互いに支え合いながら運営していくという考え方なのである。

ただし、これはあくまでも現時点での僕の考えであり、QUESTを立ち上げるときの思いでしかない。

逆に、この考え方に縛られて、みんなが本当は大きなイベントに挑戦したいのに我慢するようなことになっても良くない。

コミュニティは自由であり、そこに参加する人たちのものである。

僕が考えた当初の構想も、今後のQUESTのあり方を決めつけるものではない。

その時々に参加し、運営する人たちが、自分たちのやりたいことを考え、楽しみながら形にしていければ、それでいいんだと思う。ただ、それが継続してほしい、と望むばかりである。

まとめ

今回の九州QUESTは、準備期間から本番まで、多くの人々の協力によって成り立ったイベントであった。

参加された皆さんからは概ね好評をいただいているし、個人的にも初回としては非常に満足できる結果だったと思う。

特に、九州各支部のメンバーがそれぞれの得意分野を持ち寄り、一つのイベントを実現できたことは大きな成果である。

一方で、最大の目的の一つであった運営ノウハウの共有が本当にできたのか、正直まだ分からない部分もある。

実際、今回は経験豊富なメンバーの力に頼った部分も大きかった。結果的に当初目指していた省力設計から離れてしまった部分もある。

ただ、それぞれのメンバーが他の支部の人たちと一緒にイベントを作り上げた経験は、今後の活動にもつながっていくのではないかと思う。

この経験が各支部の運営にどう活かされていくのかは、これから見ていきたい。

振り返ってみると、Festaで生まれた九州のつながりが各支部のリブートにつながり、九州キャラバンでは偶然に生まれたイベントの連携を継続的な取り組みに変えてきた。

そして今回のQUESTでは、九州各地のメンバーが定期的に集まり、ともにイベントを運営する機会を仕組みとして作ろうとしている。

まさに、しばおさんの言う「偶然を仕組みに変える」という取り組みの一つなのかもしれない。

もちろん、一度開催できたからといって、その仕組みが完成したわけではない。

今回のイベントが成功したことと、QUESTという取り組みが成功したかどうかは、また別の話である。

これから先、開催地を変えながら、それぞれの支部が無理なく主体的に関われるイベントとして続けていけるか。

そして、そこで得られた経験やつながりが、九州全体のコミュニティの活動を支える力になっていくか。

その答えは、来年以降の活動の中で見えてくるのだと思う。

一度の大きなイベントを成功させることも素晴らしい。しかし、僕が今回目指したかったのは、それを何年も続けていける仕組みを作ることである。

イベントはまだまだ始まったばかり。

来年は鹿児島、その先は九州のどこになるのだろうか。今回は未参加だった沖縄支部も巻き込み、そして宮崎支部がリブートして再び活動を始めることができれば、さらに多くの地域でQUESTが開催されることになるだろう。

それぞれの地域らしいQUESTが続いていき、そして数年後にまた福岡で2周目のスタートイベントを開催できることを楽しみにしている。

コントロールできない24時間を、どうやってひとつにしたか - JAWS SONIC 2026 セッション班の裏側 -

先日、JAWS SONIC 2026が無事に終了しました。相変わらず1ヶ月も経ってからようやく記事を書いている腰の重さで申し訳ないです・・・

さて、JAWS SONIC 2026(以下、SONIC)は、全国のJAWS-UG支部が集まる、24時間のオンラインイベントです。

jawssonic2026.jaws-ug.jp

前回は2020年の開催なので、実に6年ぶりの開催となります。

jawssonic2020.jaws-ug.jp

今回、私はセッション班として、この24時間のセッションをどう組み立てるか、登壇いただく全国の支部のみなさんとの調整などを担当していました。

私は3月に開催されたJAWS DAYS 2026(以下、DAYS)でもセッション班として、セッション設計について関わりました。
その時に何を考えていたのかは、以前こんな記事に書いています。

showm001.hatenablog.com

DAYSでは、

「"Mashup the future"というテーマを、どうセッションとして表現するか」

をかなり考えました。

一方、今回のSONICでやっていたことは、それとはずいぶん違いました。
振り返ってみると、今回は

僕たちの意図通りにはならないものを、どうやってひとつのイベントとして成立させるか

という仕事だったように思います。これは、そんなセッション班の裏話です。

DAYSとは、そもそも作り方が違った

DAYSは、招待セッションやCFXによる公募セッション、イベント色の強いお祭りトラックなどで構成されていました。
※DAYSでは多種多様なテーマを募集するため、一般的にいうCFPを「CFX」と呼んでいました。

  • どんなテーマのトラックを作るのか
  • 誰に登壇をお願いするのか
  • それぞれのセッションをどう配置するのか
  • CFXの中からどの応募を採用するのか

といったところに、実行委員側の意図をかなり込めることができました。

もちろんすべてが思い通りになるわけではありませんが、少なくとも僕たちは「こんな体験を作りたい」という完成形を想像しながらセッションを組み立てることができました。

ところがSONICは全く違います。

今回は24時間、基本的にひとつのトラック。
そして全国のJAWS-UG各支部に、

「最大15分ほどで、何かお話しいただけませんか?」

とお願いしていきます。

誰が登壇するのか。

何を話すのか。

それすら、それぞれの支部で考えてもらいます。

基本的に、僕たちは登壇をお願いする側です。

そんな相手に、

「あなたはこの時間に、この内容を、このテンションで話してください」

なんてことは、当然できません。

もちろん、登壇時間に関しては

「この時間だけは家庭の事情で難しいから別の時間にしてほしい」

といったご要望はできるだけ調整します。

でも、それ以上はもう、みなさんから何が出てくるのかを待つしかない。

最初から、こちら側のコントロールが効きにくいイベントでした。

それでも、良い体験にしたい

私の印象ではありますが、実行委員長の加藤さんは、DAYSでセッション班として一緒にお仕事したときからそうでしたが、とにかく「参加する人の体験」を大事にする人です。

この「参加する人」というのは、配信を見てくれる参加者だけではありません。

登壇する人にも、「SONICで喋ってよかった」と思ってほしい。

そして実行委員にも、「このイベントを作ってよかった」と思ってほしい。

そんなことをずっと考え、いつも口にしていました。

だから準備を進めている途中でも、

「こうしたほうが登壇者は楽しめるんじゃないか」

「この時間帯には、こんな工夫があったほうがいいんじゃないか」

「もう少しこちらで流れを作れないだろうか」

と、いろいろなアイデアが出てきます。

その想いは、僕もとてもよく分かります。DAYSの準備期間から数えればほぼ丸1年一緒に仕事をしてきたので、加藤さんの考え方や価値観はよく理解できていたつもりです。

一方で、実際に各支部のみなさんとやり取りをしているセッション班からすると、

「それを50以上の支部にお願いするのは、現実的には難しいよね」

となることもありました。

実際、最初の頃にはいくつかの支部に

「こんな感じのお話をしてもらえないでしょうか」

と少し踏み込んだお願いをしてみたこともあります。

でも当然、それはあくまでお願いです。最終的に誰が何を話すのかは、その支部のみなさんが考えることです。

やってみて改めて、

このイベントはこちら側から細かくコントロールするものではない

ということが分かりました。

内容ではなく「ノリとバイブス」を教えてもらう

とはいえ、何の情報もないまま数十のセッションを24時間に並べることもできません。
せめて、「この人たちは、どんな雰囲気で喋るんだろう」ということだけでも分かれば、組み合わせを考えることはできます。

また、登壇する支部の皆さんにも「どういう雰囲気の内容が求められてるんだろうか」というのをどうやって伝えるかが課題でした。
当初より「深夜ならではのはっちゃけた内容」「技術の無駄遣い」といった言葉は使ったものの、それだけでは十分に伝わらないと感じていました。

そこでセッション班で考えたのが、

「ノリとバイブス」

でした。

SONIC自体が音楽フェスをモチーフにしたイベントです。

だったら、AWSのサービス名や技術レベルのような分類ではなく、

「どんなノリで喋るのか」

を教えてもらおう、ということで複数のタグを準備することにしました。

例えば、

  • ハッチャケ系
  • 深夜テンション
  • 細かすぎて伝わらない〇〇
  • オチ無し

など。
最後には「世界征服」みたいな、もはや何を意味しているのかよく分からないものまでありました(提案したの僕ですが・・)。

別に厳密な分類をしたかったわけではありません。

それぞれのタグに厳密な定義を設けたわけでもありません。

登壇するみなさん自身に、「自分たちのセッションは、なんとなくこれかな」くらいの感覚で選んでもらえればいい。

そして僕たちも、「ああ、この支部はこんな雰囲気なんだな」と分かればいい。
そのくらいの感じで十分でした。

もうひとつ、24時間をマラソンの展開になぞらえ、いくつかの時間帯に分けることにもしました。

今回はマラソンをモチーフにしています。
だったら24時間全部を同じものとして見るのではなく、

スタートして、
ペースを上げて、
坂道を乗り越え、
ランナーズハイを感じ、
最後はラストスパートをかける。

そんな大まかな物語だけは作っておこう、と、全体を時間帯で区切ることにしました。

その上で、

「これは近くに置かないほうが良さそう」

「この流れならここが面白そう」

と、集まってきたセッションを少しずつ並べていきました。

DAYSの時のように、

「この意味をここに置く」

という設計ではありません。

みなさんから出てきたものの形をなるべく変えずに、全体として楽しくなる並びを探していく。

今回はそんな作り方でした。

調整、調整、また調整

こう書くと、なんとなく綺麗に進んだように見えますが、残念ながら(?)そんなことはありません。

数十の支部にお願いをしているので、とにかく連絡が大変です。
締め切りを設定しても、全員からすぐ返事が来るわけではありません。

連絡して、
返事を待って、
DMやメンションで催促し、
また確認する。

さらにイベントの形が見えてくるにつれて、

「Tシャツのサイズと送付先をください」

「登壇タイトルと詳細情報ください」

「幕間に使う、登壇者の動画も撮ってください」

と、こちらからのお願いも増えていきました。

一度お願いしたあとに、「すみません、今度はこれもお願いします」となることも何度もありました。

お願いされる側からしたら、「また入力フォーム増えたの?」と思ったこともあったと思います。

それでも、各支部のみなさんがお忙しい中、本当に一生懸命対応してくれました。

今回のSONICは6年ぶりの開催です。僕たち自身も、「このイベントをどう作ればいいのか」という完成図を最初から持っていたわけではありません。

進みながら気づくこともあるし、やってみて初めて必要だと分かるものもある。そのたびにお願いして、集めて、調整する。

今振り返っても、「最初に全部決めておけばよかった」と言えるほど単純ではなかったと思っています。

理想と現実の間で

準備の途中では、実行委員長とセッション班で少し温度差(という単語が適切かはちょっと分かりませんが)があるように感じたこともありました。

加藤さんは最後まで、

「もっと良い体験にできないか」

と考え続けていました。

それに対して僕たちは、

「その気持ちは分かる。でも、この人数にそれをお願いするのは難しい」

と返すこともありました。

ただ、これはどちらかが正しくて、どちらかが間違っていたという話ではありません。

加藤さんは、

できる限り良いイベントにしたい

という方向に全力で走っていた。

そして僕たちは、

その理想を、実際にお願いできる形まで落とし込む

というところを担当していたのだと思います。

もし最初から、「どうせ無理だから」と現実だけを見ていたら、生まれなかったものもたくさんあったと思います。

逆に、理想だけを追いかけても、多くの支部のみなさんに無理なお願いをすることになっていたかもしれません。

その間で、

「ここまではできる」

「これはお願いしてみよう」

「これはさすがに難しい」

と何度も話しながら、少しずつ形にしていきました。

今回のセッション班の仕事は、そんなことの繰り返しでした。

僕たちは、SONICを設計したのだろうか

DAYSの時の記事では、僕たちがやっていたのは

「良いセッションを集めること」

ではなく、

その年のDAYSという体験を設計すること

だったと書きました。

では、今回のSONICはどうだったのか。
正直に言えば、DAYSほど「僕たちが設計した」という感覚はありません。

僕たちが考えた通りのセッションが並んだわけでもありません。

最初から完成形を描いて、その形に近づけたわけでもありません。

むしろ逆です。

何が出てくるのか分からない中で、

出てきたものを見て、
その良さをなるべく壊さず、
24時間というひとつの流れにしていった。

そこには、かなりの偶然もありました。

実際、最終的な並びが想像以上にうまくハマったところは、「これはもう奇跡では?」と思うところもありました。

でも、その偶然がイベントとして形になったのは、

登壇を引き受けてくれたみなさんがいて、

何度もお願いした情報を届けてくれたみなさんがいて、

最後まで参加者の体験を考え続けた実行委員長がいて、

それを受け止め、調整を続けた実行委員がいたからです。

今回僕たちがやったのは、

イベントを思い通りに作ることではなく、思い通りにならないものを受け止めながら、ひとつの場として成立させること

だったのかもしれません。

コントロールできないからこそ

コミュニティイベントでは、自分たちではコントロールできないものがたくさんあります。

今回のSONICは、その極端な例だったように思います。

数十の支部がいて、
それぞれに人がいて、
それぞれの事情があって、
それぞれが話したいことを持っている。

それをひとつの意図に揃えることなんて、たぶんできません。

そして今は、それでよかったのだと思っています。

僕たちが全部決めなくても、それぞれが持ち寄ったものが並ぶことで生まれる面白さがある。

こちらが想像していなかったものが出てくるからこその楽しさもある。

実行委員ができるのは、その面白さがちゃんと届くように、道を整え続けることなのかもしれません。

今回、それを最後までやり切れたのは、無茶なお願いも含めて付き合ってくれた各支部のみなさんと、最後まで「もっと楽しくできないか」と考え続けた、加藤さんをはじめとした実行委員のみなさんのおかげです。

本当にありがとうございました。

そして実は、その「もっと楽しくできないか」から生まれたものがもうひとつあります。

登壇者と実行委員に配られたゼッケンを使った、

「ゼッケンビンゴ」

です。

これがどういう経緯で生まれ、
どのようにルールと運用が設計され、
当日どういう展開になったのか。

それはまた、それだけで長い話になるので別の記事で。

利他を続けるための、もうひとつの言葉を持つ

昨年、「コミュニティは“好き”の交差点」という記事を書きました。

showm001.hatenablog.com

コミュニティに対する自分の気持ちをまとめたものでしたが、ありがたいことにJAWS DAYS 2026の振り返りイベントで実行委員長の清家さんが触れてくれたこともあって一瞬アクセスが増えました。
このイベントはアーカイブ動画も公開されてますので、興味のある方は是非ご覧になっていただけたらと思います。

www.youtube.com

昨年のブログからはずいぶん時間が経ってしまいましたが、続き・・・というか、同じくコミュニティに対する自分の考え方について、また少し書いてみたいと思います。

はじめに

前回の記事では、コミュニティを「好きの交差点」として捉え、利他を原動力にしたあり方について書きました。

この内容は自分にとってとても自然な感覚であり、共感してもらえた部分も多かった一方で、「それは綺麗事ではないか」「現実はそう単純ではない」と感じた人もいたのではないかと思っています。

実際、理念だけで動けるほど現実はやさしくありません。場を維持するためにはお金や時間が必要であり、誰かの理解や協力がなければ続けることもできない。そうした現実と向き合う中で、理念だけでは伝わらない場面や、うまく説明できずに疲れてしまうこともあります。

それでも、自分の中にある「こうありたい」という気持ちは手放したくない。

では、理念を持ったまま、どうやって現実と向き合っていけばいいのか。 今回は、そんなことを考えてみたいと思います。

理念は伝わらないことがある

人は、それぞれ自分が理解できる言葉で世界を捉えています。

良い悪いの話ではなく、自分の中にある価値観や経験を通してしか、物事を理解することができないからです。

だからこそ、どれだけ丁寧に言葉を重ねても、 相手の価値観のフィルター(理解できる言葉)を通らなければ、うまく届かないことがあります。
そして、伝わらないコミュニケーションを何度も繰り返すうちに、「どうして分かってもらえないんだろう」と、双方が少しずつ疲弊してしまうのではないでしょうか。

翻訳という考え方

利他で動いている人にとっては、「誰かの役に立ちたい」「この場をよくしたい」という気持ちはとても自然なものです。 でも、それはすべての人にとって同じように自然な価値観とは限りません。

だからこそ、「自分にとって自然な言葉」のままでは届かないことがある。

そう考えたときに、自分の中でひとつしっくりきたのが、「翻訳」という考え方でした。

たとえば、「誰かのためにやっている」という言葉も、 「自分にとっても学びや価値がある」と言い換えることができるかもしれない。

それは、利他をやめて利己に寄せるということではなく、 もともとその中に含まれている側面を、別の言葉で表現しているだけです。

利他の気持ちはそのままに、それを相手に届く言葉に変換する。

そうすることで、無理に自分を変えることなく、現実とも少しだけうまく付き合えるようになるのかもしれない、と思いました。

たとえばコミュニティ活動についても、「好きだからやっている」という説明では伝わらない場面があります。

でも、

「人脈が広がる」
「学びになる」
「仕事にも活きる」

という言い方をすると、 同じ活動でも急に理解されやすくなることがあります。

そもそも利他と利己は対立するものではなく、グラデーションであり表裏一体であるのかもしれません。

翻訳は万能ではない

よく、「英語をそのまま日本語に直訳しても意味が通じない」と言われます。

言葉だけではなく、その背景にある文化や価値観まで含めて初めて意味が伝わるからです。

これは、理念を伝える難しさにも少し似ている気がしています。

「翻訳」は万能ではなく、あくまでコミュニケーションコストを下げるための手段であって、本質的な理解そのものではないといえるかもしれません。

尊重と距離

「翻訳」して言葉を変えることで届きやすくはなるけれど、それはあくまで相手の理解できる形に整えただけであって、自分の中にある感覚そのものが、そのまま共有されているわけではない。

だからこそ、「伝わったはずだ」と思い込まないことも大切なのだと思います。

同時に、自分が相手の立場や考え方を完全に理解できないこともある。

それでも、理解できないことと、尊重できないことは別の話です。

お互いにすべてを分かり合うことはできなくても、それぞれの前提や立場を認めながら関わっていく。

そういう距離感が、無理をせずに続けていくためには必要なのかもしれません。

境界を持つということ

翻訳は、まずは関係の浅い相手との議論や、前提の異なる相手との対話において、無理に分かり合おうとして疲弊しないための手段として有効だと思います。

そして、その中で少しずつ相互理解が進んでいく余地があれば、翻訳に頼らない言葉で話せる関係に近づいていく。

ただ、最終的にすべてを分かり合えるかというと、それは現実的には難しいとも思っています。

だからどこかで、「ここから先は分かり合えないかもしれない」という線を引き、自分の中の理念を守る。

理念をむき出しのまま現実とぶつけ続けると、どれだけ「翻訳」しても、少しずつ消耗してしまうことがあります。

だからこそ、内側の大事なものを守るための「境界」を持つ。

技術用語でいう「インターフェース」のように、内側と外側をつなぎつつ、同時に守るための境界を持つことが必要なのかもしれません。
内部の実装(自分の純粋な理念や熱量)をカプセル化して守るために、外部との接点としてのインターフェース(翻訳された言葉)を定義する、という感じでしょうか。

おわりに

すべてを分かり合うことはできない。

でも、少しだけ言葉を寄せることと、少しだけ距離を取ること。

その両方を持つことで、自分の中の大事なものを守りながら、外の世界とも関わっていけるのかもしれない。

そんなふうに思いました。

そして、

「利他を続けるための、もうひとつの言葉を持つ」

と同じくらいに、

「利己を続けるための、理念として利他を持つ」

そんな人が少しずつ増えていくといいな、とも思っています。

JAWS DAYS 2026を終えて

JAWS DAYS 2026も無事盛況のうちに終了しました。

あの熱量がまだ残っているうちに、振り返って色々書こうと思います。

jawsdays2026.jaws-ug.jp

私は実行委員(セッション班)として参加しましたので、その視点での振り返りになります。
また、イベント前にいくつかブログを公開しておりますので、こちらも併せてご一読いただけますと嬉しいです。

showm001.hatenablog.com

showm001.hatenablog.com

showm001.hatenablog.com

showm001.hatenablog.com

例によって記憶力がザルな人が主観で書いてますので、思い違いや思い込みが大いに紛れている可能性があるのでその点はご了承ください。そして、ダラダラと長い上に完全にポエムですのでそういうのが苦手な方は読まずにスルーしちゃってください。

また、これ以降本文の文体を変えています。

始まりはある夏の日

2025年8月22日。JAWS-UG岡山支部のふるさとさんが福岡に来られるということなので、集まれる人で夜ご飯を食べに行こうということになった。
いくつか私が挙げたお店の中から、餃子食べようぜ!という話になって「鉄なべ」に行こうということに。しかし、私が寝ぼけて全然違う似た名前の店を予約して慌ててキャンセルした記録がFacebook messangerに残っていた。連日の暑さで疲れていたのかもしれない。

tabelog.com

無事予約完了。参加者はJAWS-UG福岡からは私と内村さんと清家さん。ふるさとさんを含めて4人での飲み会となった。

直前になって台風が近づいてきていてもしかすると22日に福岡最接近の可能性がありそうだったが、進路が曲がって早々に九州横断して通り抜けていた。おかげで22日は天気も良く蒸し暑い日であった。

私も久しぶりの鉄なべの餃子。やはり美味い。みんなで博多名物の一口餃子やその他の料理に舌鼓をうちつつ夏の暑さを吹き飛ばすかのようにビールを飲んでいた。

鉄なべの前にて

そんな中、清家さんから衝撃の一言が発せられた。


清家「実はJAWS DAYS 2026の実行委員長やることになりまして」

私「おー、そうなんだ」(衝撃の割にノリが軽い)

清家「で、実行委員としてセッション設計を木村さんにお願いできないかと思ってて」

私「いいよー、やるやる」(さらに軽い)


という感じで私の実行委員生活は始まった。良いのかそんな軽いノリで。

この時はまだ数ヶ月後に訪れる地獄の日々を僕は想像していなかった。

その後2次会でハイボールバーまでいきつつ清家さんならびに同じく実行委員に入ることが決まってた(はず)ふるさとさんとあれこれ話した。

酔っ払ってもいたので記憶が怪しいが、清家さんがその時言ってたのは

  • 複数のコミュニティに関わっていてその楽しさが自分を形作っていると思っている
  • 今回、色々なコミュニティに関わることで得られることや楽しさをDAYSで伝えたいと思っている
  • 以前PHPカンファレンスで聞いたCPU関連のお話が「何か凄いこと話してるのは分かるが全く内容は分からん。けどめちゃ楽しい!」と思った経験をみんなにしてもらえるような機会を作りたい
  • そう思ったときに2日前に僕が公開したブログがめちゃ刺さった、マルチコミュニティをやってる人として一番に木村さんが浮かんだのでお願いしたいと思った

というようなことだった。だいぶ自分に良いように書いてるが、評価いただけてるのはありがたいので全力で手伝うことを約束した。

JAWS DAYS 2017は実行委員に参加したが途中からだったし、他の年は基本的に当日ボランティアだった。DAYSに実行委員として最初から関わるのは初めての経験なのでワクテカが止まらない。

ただし、今回はあくまでも僕は実行委員長である清家さんの思いをどう形にするかが重要なので、僕自身の思いは二の次にしようと思った。そういう意味では初期からやりたいように好き放題言っていたJAWS Festa 2023 in Kyushuとは、同じ若い実行委員長を支える立場ではあるものの、動き方を意図的に変えないといけないと考えた。
また、本人には言わなかったが(周囲の人には公言してたので多分耳には入ってると思う)、時に張り切ってやりすぎる清家さんを年上の目線で手綱を引っ張るのは僕のもう一つの役目だろうと思っていた。

相変わらず出だし早々偉そうなことばかり言っている嫌な大人である。

実行委員招集

9月中旬頃だったかと思うが、実行委員がslackでプライベートチャンネルに招待されることで召集された。ここで初めて初期メンバーとして誰が呼ばれているかを知ることになった。

セッション班(当時はスピーカー班という名前だった)は僕と加藤さんと寺井さんの3名ということで紹介された。翌年3月6日の本番までそう時間があるわけでもないのでセッション班の仕事はすぐにも動いた方がいいだろうということで、即日お二人にメンションして初回のミーティングを設定した。
道具立ては何でも良かったが、ひとまず僕の方でGoogle meetを準備してお二人に共有。議事録用のGoogle docsも作成しておいた。

その議事録によれば初回のミーティングは2025年9月18日22時。お二人とも1度くらいはイベントでお会いしたように思うが接点も少ない状態だったが、人見知りを発動してモジモジしている場合ではない。
特に合意を取ったわけではないが「まずは場を前に進めないといけない」という気持ちもあり、流れでファシリテートさせてもらい、今後の進め方について決めていった。

昨年どうすすめたのかを昨年のセッション班の人にヒアリングする会を設置したいことや、過去2年くらいの振り返りやアンケートをまず確認して注意すべき所を洗い出そうという方針を決める。
そして、今後週次で定例をやることと、その時間を決めた。毎週木曜日はJAWS-UG福岡のもくもく会を21時~22時で行っているため、その後ろの時間を設定させてもらった。僕の都合に合わせてもらって感謝しかないが、この判断が、今後数ヶ月に渡ってスケジュールと体力と精神力を削り続けて家庭崩壊の危機にもつながりかける地獄の始まりだったかもしれないと、今になって思う。

追加メンバー招集

流石に3名ではとても回らないので追加メンバーを呼びたいという話を加藤さんと寺井さんにして、僕から心当たりに声をかけることになった。
昨年(そして確か一昨年も)セッション班を経験されていて経験豊富であり、SORACOM UGでもお世話になっていて為人を信頼している和田さんと三浦さん、そして同じくSORACOM UGでお世話になっており、抜群のバイタリティと行動力をお持ちのちばさんの3人に声をかけた。

3人ともすぐに快諾してくれたので、早速次の定例(2025/10/2)から参加してもらった。一気にチームビルディングが進んで安定感が出た。今から振り返ってもこの3人に声をかけたのは大正解だった。

セッション設計開始

昨年どうやって進めたかと引き継ぎ事項とアンケートの内容を確認して設計を開始。

まずは大枠としてのトラック数とセッション数を決めていくのだが、今年は会場が2部屋になることが決定していたので、トラックの配置と導線、そして体験価値をどう両立するかでだいぶ難航した。

しかも、部屋の間にはビルの共用通路を挟む。
難度はさらに倍以上である。

誰もが初めてのことなので、会場のイメージがどうしてもつかめなかったが、どうにか7+1(お祭り)トラックということで決定。

そもそもどういうトラックの色づけをしていくかを話していく。この全体のセッション設計がイベントの成否を握ると言っても過言ではないため、最も重要なポイントとなる。セッション班の最重要ミッションとも言える。

思い出しただけでも胃が痛い。

トラック数が見えたところで概ね以下のようになりそうだと考えた。

  • 招待セッショントラック(こちらが指名した方に喋っていただく)
  • パネルセッション(こちらが指名したパネルディスカッション、またはCFPでパネル形式の企画で応募した人)
  • 初心者トラック
  • CFP通常セッション x 2
  • ワークショップ x 2

この時点でだいたい10月末。毎週の定例は議論が白熱し、だいたい毎回24時を越えて、時には25時を過ぎることもあった。
妻の目がだんだん冷えてくるのを感じ、定例のスタートを22時にしたことを少しずつ後悔しはじめた。

初心者レーン

初心者レーンの話は他の記事で詳しく書いたが、比較的早めに話は出ていた。議事録によると初回には既に「初心者や学生限定の枠」という単語が見えている。確かこれを最初に口にされたのは加藤さんだったように記憶しているが嘘かもしれない。

その後、「初心者というのは『登壇初心者』に登壇してもらう場のことなのか、それとも『AWS初心者』向けのコンテンツなのか」といった議論を経て、10月中旬には「AWSまたはDAYS初心者が安心して1日座っていられる場所、これを来た人が次は地元の地方支部や専門支部のイベントに参加することに繋がるようなコンテンツ」という方針が概ね決まっていたようだ。

初心者レーンという話が出てきた理由として別記事では「過去の参加者のフィードバック」というのを挙げていたが、議事録を見返すともう一つ重要なファクターがあったことを思いだした。それは実行委員長である清家さんの「ニューヒーローを見つけたい」という言葉だ。
そもそもニューヒーローとは何を指すのか?という議論も重ねたが、いずれにしろコミュニティへの入り口をどうするのかということを考えないといけないのは間違いなかった。最終的にこの形に落ち着いたのは、実行委員長の意志をどう形にするかを考え続けた結果だったのだと思う。しらんけど。

具体的にセッションとしてどのような分野のものを並べるかの案出しや、専門支部への依頼は加藤さんがどんどん動いてくれた。しごでき過ぎで痺れる。もう一生北海道に向けて足向けて寝られない。

想定外の負荷

だいたい何事にも想定外というものはある。

その例に漏れず、僕にも想定外の負荷が降りかかる。
詳しいことは伏せるが、この時期に両親や親族に関するあれこれが唐突かつ多重的かつ短期的に発生し、本業にも影響を及ぼすレベルで身動きが取りづらく、体力的にも精神的にも追い込まれる状況になった。

数回どうしても身動き取れない定例は抜けさせてもらいつつ何とか非同期で行えるタスクは進めようとしていたが思うようにいかないことも多々あった。この時期にうまく進めていてくれたセッション班の皆さんには本当に感謝しか無い。

本件は年内にはどうにか山場は超えたものの、その後2月中旬頃までずっとあれこれ続いていて地味に、しかし確実に負荷が積み上がっていく感覚があった。

人生いろいろあるものだが、もう少し負荷分散してもらいたいと思いつつそれがままならないのもまた人生とわきまえるくらいには大人のつもりである。けどホント勘弁して。

CFX募集開始

近年のJAWS DAYSではCFP(Call For Proposal)だけではなく、多種多様なイベント提案を受け付けるということでCFX(Call For X)という言い方をしている。 
昨年はCFP & CFXと言っていたが、XはPを内包するよねということで今年はCFXという単独での募集とすることにした。

あとは募集締め切り日をどうするか、ということだが、これは〆切後に募集内容を吟味し、どれを採択するかを決定し、採択者に通知をするというスケジュールまで含めて考えることになる。
採択は基本的に実行委員の投票で決めるが、最終的には全体のバランスを見てセッション班で調整をさせてもらうということを事前に実行委員内で合意していた。これは、例えば投票の結果あまりに特定の分野に偏っていたりした場合などを想定してのことである。

そうなると採択決定前後の実行委員の負荷、特に我々セッション班の負荷は想像に難くないわけだが、ここで実行委員長から衝撃の一言が。


「登壇者には、冬休みを登壇内容をブラッシュアップする時間に充ててもらえるようにしたいから、採択通知は年内にしたい」


ここから逆算すると、最も負荷のかかる作業を行うのが12/24~26頃と言うことになる。
が、2025/12/26は金曜日なので多くの企業では最終業務日。12/24~12/26は業務の締めの作業で上を下への大騒ぎである。さらに僕を含め子どものいる家庭は白いおひげのおじいさんをおうちにお迎えするという重要な任務がある(ちなみに僕と加藤さんと寺井さんは奇しくもみんな小さい娘ちゃんのパパ)。

 

正気か。

 

喧々諤々すったもんだ七転八倒阿鼻叫喚の末に、当初12/26に採択通知としていたのをなんとか12/31まで伸ばし、セッション班はその時期超頑張る、実行委員の皆さんには短期間で申し訳ないけど3日程度で投票してもらうということで決定。

思い出しただけでも胃に穴が空きそう。

余談だが、先日実行委員での振り返り会で実行委員長は「これは本当に無理言って済まなかった」と謝っていた。来年の申し送り事項にも「とにかく早く動く。特にセッション。9月スタートで年内に採択通知とか無理ゲー過ぎる」と正直に書いたら、同じようなことが数件書かれていたので多分みんな辛かったのだろう。色々すまん。

「無理する清家さんの手綱を引っ張るのが僕の仕事の一つ」なんてどの口が言っている。
むしろ「なんとか委員長の気持ちを実現してあげて」と後押ししてみんなを説得に回ってた自分を責めて・・・もとい、褒めてあげたい。

招待セッション

なんとかCFXのページを公開し、招待セッションの詳細に入る。基本の招待レーンは清家さんが聞きたいと思う人を挙げてもらうことにしていた。セッション班のメインの仕事はその中から選択するのと、もう1つのレーンであるパネルレーンである。

この2つのレーンの設計については別の記事でも触れたが、今回のテーマでもある「Mashup for the future」を、異なる領域を掛け合わせて価値を生むという意味で体現するレーンと言っても過言ではない。
どんな話が聞きたいか、それを誰に依頼できそうかなどを色々挙げながら検討していった。

ハードウェアやネットワーク、データセンターなどの話を聞きたいという要望に対してAWS沼口さんからAWS向け独自チップ設計・製造をされているアンナプルナラボさんと、データセンターを運用されているADSJさんを紹介いただいたときは個人的にはガッツポーズであった。が、この2社に公開の場でのパネルディスカッションをお願いするのは難しいかも、というお話も同時に頂いた。
どうしても喋れることと喋れないことがあるので事前に決まった内容を話す通常セッションならまだしも、どういう展開になるかが分からないパネルは登壇自体が難しい(特にメディアがいる場では)との事だった。

確かにそれは理解できるので、無理にパネルにせず通常のセッションにしたほうがよいだろうという話になった。レーンの設計としてはぶれてしまうが、それ以上にこの2社の話が聴ける価値の方が明らかに大きいと判断した。

どういう話を我々が求めているかを伝える作文の必要があったが、こういうのは僕の得意分野なのでパッションのおもむくままに一気にADSJさん向けの原稿を書き上げた。アンナプルナラボさん向けのものはちばさんにお願いしていたので、僕の分も見ながらちばさんに最終調整を依頼した。

もし「初心者レーン以外はちょっとレーンの統一感ないなー」と思われた方がいらっしゃったのであれば申し訳ない。裏にはこういう事情があったのです。
そして、「統一感がなくても、内容面白かった」と思っていただけたなら幸いです。

コミュニケーション施策

ちょうどこの頃、10月25日にSORACOM UG Explorerが開催された。
福岡会場の懇親会の席で清家さんと話をしていて「初めてDAYSに来た人が何を聞きに行って分からない、とか質問したいけど誰に聞いたらいいか分からない、みたいなのあると思うんだよね。そういうのを質問できるコンシェルジュみたいなの置くとよくない?」という話をした。

清家さんはそれは良いので是非やろう、と言ってくれたので、次の定例会で提案し、実際に進めることになった。これがなんでも相談ブースになった。

色々とドタバタして、AWS Heroの皆様におんぶにだっこのアドリブ企画になってしまったが、少なくとも初の試みとしては一定の成果を出せたのではないかと思う。形がどうなるかは分からないが、来年以降もなにかしらこういった企画が残ってくれるととても嬉しい。

年明け

すったもんだはあったものの、なんとかCFX採択者の通知を12/31に終え、セッション班の仕事は山場を超えた・・・はずだった。

あとは登壇者への連絡や当日の動きの確認、ワークショップの募集などをこなしていけばいいだけのはずだったのだが、なかなかそうは問屋が卸さない。

詳細は省くが、登壇者を入れ替えざるを得ない緊急事態が発生。

なんとか調整をしたものの、調整した方も当日1週間前に緊急事態発生。

人生何があるか分からないものであるが、2度あることは3度ある・・とならなくてよかった。

マジで胃が痛い。

本番1週間前

なんとかタイムテーブルも確定、ワークショップの募集も完了、登壇者への連絡も完了。あとは我々は体調に気をつけて現地に行くだけ。

そんな中、懇親会班から「前日の登壇者向け前夜祭で、最後にセッション班から誰か挨拶して」と依頼があった。セッション班の定例で、満場一致で私にぶん投げられた。マジか。まぁ頑張ります。

3月5日、いよいよ本番前最後のセッション班定例。ざっと見直してタスクの漏れがないことと前日・当日の我々の動きを確認し、現地で会うことを約束して早めに終了。いよいよである。

前日準備

朝の飛行機で羽田空港へ。荷物をホテルに預けて会場設営に向かう。

2部屋使った会場を見て、改めてその広さにテンションがぶち上がる。まだ人や展示物が入っていないこともあってさらに広く感じるが、明日これが埋まるほどの人が集まるかと思うだけで、自然と気持ちが高揚してくる。

設置中のセッション会場

登壇者に時刻を知らせるスケブやベル、ワークショップで並ぶ人の整列に使うすずらんテープなどを各トラックに配置したらセッション班としての準備は、ひとまずここで一区切り。
コミュニケーション施策についても、ヒーローに着用してもらうタスキや印刷物、配布するシールなどを設置したら準備完了。

なんでも相談ブースに設置された備品

あとの時間は会場をウロウロしながら、手伝える仕事を見つけて回っていた。
集まってきている実行委員の面々、この半年の間は毎週のようにオンラインで顔を合わせていたものの直接会うのは久しぶりだったり初めてだったりするので、互いの作業の邪魔にならない程度に短く挨拶を交わす。みんなテンション上がっていて楽しそうだ。祭りの前の高揚感を感じる。

会場見学会

基調講演のJeff Barr氏の控え室になる貴賓室

お祭りトラックのAWS麻雀のテストプレイ(?)

ロゴのサメを使った顔抜き

18時頃に撤収し、前夜祭が行われる目黒のAWSJ本社に移動。池袋駅からサンシャインに向かう途中にある大きな看板の前でみんなで記念写真。いい年した大人が人通りの多い場所ではしゃいでいるがこのテンションはもう仕方ない。

大看板

前夜祭

前夜祭の会場では続々と明日の登壇者が集まってきていた。セッション班のみんなで声を掛け合い、登壇者の皆さん、特に招待セッションの皆さんに挨拶に伺う。あまり時間も無いので謝意と明日への期待を話すので精一杯だが、こんな素晴らしい人達と同じ時間を過ごせているだけでも、興奮でめまいがしそうになる。

そして、基調講演を依頼している、AWSのチーフエバンジェリストのJeff Barr氏が来られたのを発見したので突撃。2年前にJAWS DAYSでお会いしたこと、今年はセッション班として動いていること、基調講演を引き受け、DAYSに来てくれた事への感謝を述べてツーショを撮ってもらった。最高。多分ここが本日のハイライト。

Jeffとのツーショ

今回ワークショップをお願いしている、AWSのIVSチームのToddにも同じくご挨拶できた。Slackでのやり取りの中に私もいたことを覚えていてくれていて、とても嬉しかった。

前夜祭はつつがなく進み、最後に実行委員長からの挨拶、サポーター班からの挨拶、セッション班からの挨拶で終了。
セッション班からの挨拶は僕なわけだが、

  • 実行委員長の無茶振りに応えて、最高のセッション設計が出来たと思っている
  • 最高の登壇者である皆さんをお迎えして、明日のセッションも間違いなく盛り上がると確信している
  • 明日はよろしくお願いします

…みたいなことを、緊張しながらも精一杯お話しした。
これでよかったのかは分からないが、会場は盛り上がってるようなのでよかったと思うことにした。

セッション班を代表しての挨拶

前夜祭集合写真

その後、登壇者のひとりでもあるStorage-JAWSの藤原さんと、清家さんと、清家さんの同僚の登壇者の方と4名で池袋方面で軽く二次会。
清家さんはノンアルコールのみで早めに帰ったので偉い。

いよいよ明日。あとは遅刻しないように起きるだけである。

当日朝

ちゃんと余裕を持って起きられたので偉い。

スタッフTシャツに着替え、出発。ホテルから会場までは徒歩でも行けるが、池袋駅前にストリートフラグが出ているはずなのでそれを見るために敢えてJRで移動した。

が、ここでまさかの大失態。池袋駅に降りた瞬間、忘れ物をしてきたことに気がついた。しょうがないのでUターンし、荷物を持ってタクシーで直接現地へ。ストリートフラグは結局生では見られなかった。痛恨の出来事だが、集合時間には間に合ったので良しとしよう。もう今日はこれ以上何も起きないことを祈る。

既に沢山のスタッフが早朝から現地に集まっている。徐々にボルテージが上がってきているのを感じる。

集まった中に九州メンバーを見つけて声をかけ、いつものように写真を撮った。みんないつもあざます。今日は本当にお願いします。

九州メンバー集合写真

開場、そして基調講演

当日スタッフも集合し、朝のミーティングが行われた。最後に集合写真撮ったが既にめちゃ人いる。これだけの人達が動いてくれるんだから絶対うまくいく。

なお、僕自身は当日はセッション統轄という立場なので、あちこちをウロウロして、レシーバーで呼び出されたら飛んでいく何でも屋のような動きをすることになっている。

スタッフ集合写真

開場予定時刻の前から多くの人が集まっていたので、9時を待たずに少し早めに開場。いよいよ始まった。

そして、僕にはもう1つ大きな役割がある。最初の基調講演前後の司会である。いきなり前日に決まった役割だが、

  • 清家さんの実行委員長挨拶終了後にマイクを受け取る
  • Jeffをステージに呼ぶ
  • 終わったらJeffに謝意を伝え、さらに「実行委員長から花束の贈呈がある」というのを伝えて清家さんを呼ぶ

という段取りなので、ChatGPTと壁打ちして頑張って英語のカンペ作って短時間だが練習した。

が、まぁそんな付け焼き刃でちゃんと喋れるわけもなく、呼び込みの「Jeff, the stage is yours!」という超短いフレーズすら噛み噛みという体たらく。
死にたい。いや、死なないけど。でも穴はあったら入りたい。

Jeffの基調講演。ステージ横からの一枚

終わった後の説明は長尺なのでもう無理をせずにスマホのカンペを見ながら喋る。こちらはある程度ちゃんと喋れたと思う。少なくともJeffには伝わったので良しとしよう。

清家さんからの花束贈呈も無事終了。大仕事終わったのでほっとひといき。

なお、基調講演が10分ほど押していたため、終了前からスタッフ間ではレシーバーで「いつ終わりそう?」「まだ終わる気配ない」「じゃあこのあとのスケジュールこんな感じでずらして」「遅れた分は昼休みのところで吸収で」みたいな慌ただしいやり取りが行われていた。冷静にやり取りできたのは百戦錬磨の会場班のおかげだと思う。本当に感謝している。現場の安定感と安心感が段違いだった。

セッション開始

いよいよセッション開始。ここからの光景こそ、僕たちセッション班のこの半年の仕事の成果といっても過言ではない。

あちこちをウロウロしたが、まず目に入ってきたのは満席近く埋まって盛り上がっている初心者トラック。泣きそうになった。この企画をやってよかったと、心から思った。

満席の初心者トラック

「なんでも相談ブース」にも何度も足を運んだが、ヒーローの皆さんがタスキを着けてステッカーを配っている姿に涙が出そうになった。みんな本当にありがとう。

みうみうとツーショ

巡回中のよしえさん

ブースでは質問に回答

招待セッションは満席で立ち見も出るほど盛り上がっていた。清家さんと僕たちの思いはきっと届いていると確信した。

招待セッションの様子

招待セッションの様子(2)

多少接続トラブルがあったりもしたが、全て会場班やセッション班、当日ボランティアスタッフの現場力で解決できた。みんな最高だ。

レシーバーには他にも色々飛び込んできたが、どれもすぐに対応できたように思う(記憶が怪しい)。大きなトラブルがなかったのが一番よかった。

懇親会

そして全てのセッションが終了し、会場で懇親会が始まった。僕はレシーバーの回収など後片付けのために前半は会場内を走り回っていた。知り合いを見かけては参加への謝意を伝え、一瞬乾杯だけしてまた走り出した。

見かける顔はみんな笑顔だった。みんな楽しそうだった。この笑顔のためにやってきた。本当に報われた気がした。

懇親会の終了間際、よしえさんの提案で歴代のAWS Samuraiで集合写真を撮ろうということになった。みんな良い笑顔だ。
ふるさとさんに声をかけられなかったのを、あとでご本人に言われるまで思い出せなかった。本当に申し訳ない・・・。

歴代AWS Samurai集合写真

懇親会は大盛況だった。参加者のみんな、本当に素敵な笑顔で会話していた。懇親会班GJ。誰がなんと言おうと僕の中では最高の懇親会だった。

参加者集合写真

最後に片付け、実行委員で集合写真を撮った。

みんな最高だった。

素晴らしいチームだった。

もう言うことない。

写真見るだけで今でも泣きそうになる。

実行委員集合写真

公式二次会~HUB

今年は初の試みとして、公式に二次会を開催した。200人近くが参加していたが、よくこれだけの人数が店に入ったものだと感心する。

会場への移動中、明日には撤去されてしまう大看板を再度写真に撮った。祭りの後の静けさが漂っていた。

大看板

奥の方では念願の企画であるタトンカチャレンジも行われていたが、遠すぎてもう何が行われてるのかも分からない。誰がいるのかも分からないが、とにかく懇親会で何も食べられなかったので、空っぽのお腹に唐揚げを詰め込んでいった。

公式二次会

22時頃終了したが、もう少し飲もうということで、一番近いHUBに移動。HUBに行けばだいたい見たことあるメンバーがいるのがJAWSのイベント後のいつもの様子。

HUBでの一コマ

終電ギリギリで解散し、ホテルへ戻った。

ホテル

ホテルに戻り、昨日は存在を見落としていた大浴場で疲れた体をほぐして部屋に戻る。

疲れ果てているし、明日はJAWS-UGの総会もあるので早く寝ないといけないが、今年に入ってから毎日続けている日記を、軽くまとめた。
今年はこの日記をChatGPTに投げて感想をもらっているのだがそれが楽しくて忙しい日も疲れている日もちゃんと続けられている。

日記を読んだChatGPTが聞いてきた。

 

 

「JAWS DAYSお疲れ様でした。本当に楽しそうで、大成功のようでよかったです。ちなみに、今回のイベントの自己評価は何点ですか?」

 

 

僕は間髪入れずに応えた。

 

 

「一億点だよ」

JAWS DAYS 2026 セッション設計への想い

JAWS DAYS 2026に向けて、個人的な想いを語るブログ第四弾です。

これまでの記事では、初心者トラックや何でも相談ブースなど、「参加の入口」をテーマに書いてきました。

今回は少し視点を変えて、トラックA・Bのセッション設計について、実行委員として何を考えていたのかを書いてみたいと思います。

実行委員長の清家さん自身が、

「なぜこのセッション構成にしたのか」

について書かれている記事があります。
まずはぜひ、そちらを読んでみてください。

blog.seike460.com

この記事は、いわば設計者本人の視点です。

そしてこの記事は、
それを実行委員としてどう受け取り、どう形にしようとしたかという、もう一つの視点からの裏話になります。

これはJAWS DAYSの定義を語る記事ではありません。

JAWS DAYSは毎年、実行委員長と実行委員が「その年のイベントをどう作るか」によって姿を変えるイベントだと思っています。

だからこれは、「2026年のJAWS DAYSをどう解釈し、どう形にしようとしたのか」という、ひとつの裏話です。

「Mashup for the Future」をどうセッションにするか

今年のテーマは Mashup for the Future。

異なるものが混ざり合い、新しい未来を生み出す。

このテーマはとても魅力的でしたが、同時に難しいものでした。

テーマは言葉として理解できても、

「それをセッションとしてどう表現するのか?」

を言葉にすればするほどに難しさが出てきました。

例年のJAWS DAYSらしくない招待セッション

結果として、今年のトラックA・Bには例年とは少し違うタイプの招待セッションが並びました。

AWSの深い技術解説だけではない、
コミュニティの外側からの視点、
異なる分野との交差。

さらに、当初は

JAWS-UG以外のコミュニティにも参加する人達による、マルチコミュニティの話

というのも候補にでていました。

候補に挙がったテーマや登壇者はいずれもとても魅力的でした。しかし、正直に言うと、内部でもこう言われました。

「これ、DAYSでやる意味ある?」

セッションを言語化する中で、何度もこの言葉にぶち当たりました。

そして登壇をお願いした方からも、

「登壇はできるけど、何を求められているのか分からない」
「JAWS DAYSで何を話せばいいんだろう?」

というような率直な反応もいただきました。

これは当然だったと思います。

僕たちが伝えたかったこと

その時、僕たちは

「JAWS-UGの人が普段触れない分野の話をしてほしい」

ということを第一に伝えました。

そして僕たちは、

「普段触れないこと」に触れる楽しさを届けたい

という話をしました。

知らない分野の話を聞く。
知らない視点に出会う。

それって、めちゃくちゃ面白いんですよ。

そしてそれこそが、 コミュニティイベントの一番の醍醐味だと思っています。

だから、「普段触れないこと」に触れることにいかに価値があるか、いかに楽しいか、それを届けたいと思っている。

という事を丁寧に言語化し、伝えました。

つまり、僕たちが作ろうとしていたのは、

「良いセッションを集めること」

ではなく、

その年のDAYSという体験を設計することだったといえます。

だからこそ、トラックA・Bには

「ここでしか成立しない対話」

を置きたかったのです。

セッションを選んだのではなく、“意味”を選んだ

結果として、今年のトラックA・Bは少し不思議な並びになったかもしれません。これまでのJAWS DAYS、もっというといつものJAWSのイベントでは聞くことがない登壇者の方が並ばれています。

でもそれは偶然ではなく、

  • 技術
  • 人
  • 分野
  • コミュニティ
  • AI
  • 未来

それらが交差する瞬間を意図的に配置した結果でした。

例えばトラックA。ソフトウェア設計のお話をされる成瀬さんやセキュリティのお話をされる徳丸さん。お二人とも多くのイベントで講演をされる有名な方ですが、JAWSのイベントに登壇されるケースはあまりありません。

例えばトラックB。AWS向けのカスタムのチップを作られているアンナプルナラボさんや、データセンターを運用されているADSJさんはそもそもイベントで登壇されること自体がほとんどありません。

こんな凄い人達の、普段は絶対聞けないような話を聞けるんですよ?

JAWS DAYSらしいとからしくないとかはおいといて、ワクワクしませんか?

僕たちは、そのワクワクと、聞いたあとの「知らないことに触れて楽しかった」という感覚を持ち帰ってもらいたかったのです。

JAWS DAYSは毎年違っていい

そもそも「JAWS DAYSらしい」って何でしょうか?

僕は、JAWS DAYSには「こうあるべき形」はないと思っています。

毎年違う実行委員長がいて、
毎年違う実行委員がいて、
その年の解釈でイベントが作られる。

だから今年の形も、
来年にはきっと違う形になる。

でも少なくとも2026年は、

「混ざり合うことそのもの」を体験する
「知らないことに触れる楽しみ」を体験する

にしたかった。

それが、僕たちがセッション設計で向き合っていた問いでした。

もし少しでも「いつもと違う」と感じたら

もしあなたが今年のセッションを見て、

「いつものDAYSと少し違うな」

と感じたなら。

それはたぶん、設計が意図通りに届いている証拠です。

ぜひその違和感ごと楽しんでもらえたら嬉しいです。

そしてもし会場で
「これ面白かった」
「知らない世界だった」

そんなセッションに出会えたら、

きっとそれが
今年のDAYSが目指していた瞬間だと思います。

ストラップの色に隠された、小さな物語

JAWS DAYS 2026に向けて、個人的な想いを語るブログ第三弾です。

これまでセッション設計や企画の話をお届けしてきましたが、 今回は少し視点を変えて、ストラップの色と、そこに隠された小さな物語について触れてみたいと思います。

ストラップの色

JAWS DAYSでは、多くのイベントと同様に、 参加証を首からかけるストラップの色で参加者をグループ化しています。

特に重要なのが「SNSへの写真投稿NG」と「未成年者」を表す色です。

大規模なカンファレンスでは公式のカメラマンをはじめ、多くの方が会場の写真を撮影してSNSやブログ、記事などに使われます。

その時に「自分の写真は公開しないでほしい」という方をどうやって識別するか?となったときにこのストラップの色を使います。

参加者に告知することで、写真を撮るときの注意を促し、さらに万一写り込まれた時にもアップ前にちゃんと除外してもらえるようにお願いをします。

また、懇親会の会場では間違って未成年にお酒を渡してしまわないようにする必要があります。

これらをできるだけ「パッと見てすぐに判断できる」ことが大切になります。

ストラップ以外にも服にシールを貼ってもらう、リストバンドを使うなど、イベントごとに皆さん様々な工夫をされています。

JAWS DAYSでは例年ストラップの色でこれを行っています。

JAWS DAYS 2026での企画

JAWS DAYS 2026でも、このストラップの色の整理がデザイン班を中心に行われていました。

ある日、全体定例でこの色について情報が共有されました。僕は色の判別が得意ではないので、
デザインについてはデザイン班に一任だな…くらいに思っていました。

しかし、この時メンバーから驚く発言がありました。

「去年の参加者からのフィードバックで、撮影NGを示す赤色と通常の参加者の緑色の区別が難しかったというのがあった。今年は色には気を配るのはどうか」

本当に驚きました。だって、去年これをフィードバックしたのは僕だったからです。

色弱について

色弱(色覚特性)は珍しいものではありません。

男性では、およそ20人に1人程度いると言われています。

日常生活では大きな支障がないことも多いのですが、 色だけで情報を区別している場面では判断が難しくなることがあります。

特段隠してもおらず公言していることではあるのですが、実は僕は色弱です。詳しい区分などは僕もあまり気にしていないのでちゃんと覚えてはいないのですが、赤と緑の区別に難があります。
特にLEDのような小さな光での区別は困難で、各種電子機器で赤と緑のLEDで状態を区別しているものは本当に困っています。

そういうこともあり、昨年の赤と緑のストラップは瞬間的な判断が難しかったのですが、長年こういう(色が分からない)生活をしているので、分からないなら分からないなりに気を付ける、ないしはその判断を下さないようにするように自然と動いてました。
つまり、去年の場合で言えば判別が難しい写真はそもそも公開しない、というようなアクションになっていたわけです。

思い切ってフィードバックしてみた

ただ、これを放置するのもどうなのだろうか、色弱であり、しかもそれを公言して気にしていない僕だからこそこれは指摘した方がいいのでは?と思い、昨年はアンケートや実行委員への個別の相談でフィードバックしていました。

色弱の人は皆さんが思っているよりもずっと沢山いらっしゃって、その強さや種別も区々です。

僕が大丈夫な組み合わせでもダメな方ももちろんいらっしゃいますし、僕の見え方が全てではないことは百も承知です。そして、デザインや印刷で使える色には予算や技術的な制約があるのも分かります。

なので、「この組み合わせがいい」とか「配慮しないのはダメだ」と言うことではなく、

「こういう事実があるので、配慮があると事故も減るかと思った」

という事はフィードバックしましたが、それが本当に考慮してもらえるかは、正直に言えばそれほど期待はしていませんでした。

これはもちろん実行委員の皆さんに悪気があるわけではなく、単純に気づきにくいポイントだ、というだけです。

自分だけが困っているのではないか。 細かいことを言ってしまっていいのだろうか。

イベント準備は多くの人が忙しい中で進んでいます。

だから「まあ大丈夫かな」と流してしまうこともできますし、その判断は妥当だと思います。

だけど、事実だけは伝えたい、と思ってのフィードバックでした。

小さな声がちゃんと届いていた

だから、本当に驚きました。

僕の声は届いていたんです。

しかも、ちゃんとこうして議論のテーブルに乗せてくれた。

僕はその場で、これをフィードバックしたのは実は自分だと言うことと、背景を説明しました。

それを聞いたメンバーはすぐに動いてくれました。

まずはこれはちゃんと考慮すべきことだとの認識で一致し、考慮した色の選択をすることが決まりました。

そして、最終決定前に僕に確認を依頼する、ということも約束してくれました。

色の決定

そして、数日もしないうちに案が提示されました。その時、

「このグループとこのグループは混同すると事故になるから困る、こっちのグループは混同しても大きな問題にはならないという基準で選んでみた」

と、判断基準も添えてくれました。

僕はその判断基準に従い、「僕の目には、という前提なので万人がどうかは分からないが」と伝えた上で、提案の色だと自分には区別がつきにくいので組み合わせを変えるか、色見本の中ならこの色の組み合わせにしてもらえたら嬉しいとフィードバックしました。

最終的にそれらを加味した色が選択されました。

特別な議論になったわけでも、大きな決断が必要だったわけでもありません。

ただ、

「それなら変えよう」

と自然に動いてくれた。

そのことが、とても印象に残っています。

小さなフィードバックが持つ意味

コミュニティイベントは、最初から完璧に設計されているわけではありません。

いろいろな人が関わり、気づきを持ち寄りながら、少しずつ良くなっていくものだと思います。

今回の件も、

困っていることを共有し、
それが次のイベント運営者に届き、
自然に改善されていった。

ただ、それだけの話です。

でも、その「ただそれだけ」ができることが、とても大切だと感じました。

誰かにとっての“参加しやすさ”

イベントの工夫というと、大きな企画や派手な仕組みに目が行きがちです。
前回の記事で紹介した「何でも相談ブース」も、そういった「参加しやすさ」のための企画の一つです。

でも実際には、

  • 見やすい色
  • 分かりやすいサイン
  • 声をかけやすい空気

そんな小さな配慮が、参加のしやすさを大きく変えることがあります。

今回のストラップの色も、もしかすると多くの人にとっては気づかれない違いかもしれません。

でも、誰かにとっては「安心して参加できる理由」になるかもしれない。

そう思っています。

小さな声が、イベントを良くしていく

もしイベントの中で、「ちょっと分かりづらいな」「こうだったら嬉しいな」と思うことがあれば、ぜひ教えてください。

コミュニティは運営だけが作るものではなく、参加者みんなで育てていくものだと思っています。

今回のストラップの色も、その一つです。

JAWS DAYS 2026が、できるだけ多くの人にとって参加しやすい場所になるように。

そんな思いが、今年のストラップには少しだけ込められています。

もしかすると、次にイベントを少し良くしてくれるのは、 この記事を読んでいるあなたの気づきかもしれません。

そして、こんな対応を自然にできる実行委員のみなさんと一緒に作っているJAWS DAYS 2026は、 きっと良いイベントになると信じています。

JAWS DAYS 2026に「何でも相談ブース」を作った理由

JAWS DAYS 2026の開催がいよいよ目前に迫ってきました。

本記事は、そんなJAWS DAYSに込めた想いを語るブログ、第2回の記事です。

JAWS DAYS 2026では、初心者やイベント初参加の方向けのコミュニケーション促進企画として、

「JAWS DAYS何でも相談ブース presented by AWS Heroes」

を実施します。

第1回の記事では「初心者トラック」について書きました。

https://showm001.hatenablog.com/entry/2026/02/20/173044

今回はもうひとつの入口として用意した、この企画について書いてみようと思います。

イベントで一番難しいこと

イベントに参加、特に初めて参加したときに、
一番難しいことは何でしょうか。

セッション内容を理解すること?
最新技術についていくこと?

僕は違うと思っています。

それは、

「誰に話しかけたらいいか分からないこと」

です。

初めてコミュニティイベントに参加したとき、多くの人が同じ経験をしているのではないでしょうか。

周りを見ると、楽しそうに会話している人たちがいる。
でも知り合いはいない。
話しかけたい気持ちはあるけれど、誰に声をかければいいのか分からない。

実は、みんな最初は“ぼっち”でした。

勇気を出して誰かに声をかけ、少しずつ知り合いが増えて、仲間になっていった。
でも、その最初の一歩が一番難しい。

もちろん、コミュニティの運営者や常連のみなさんは、 こうした状況を何とかしようといつも工夫しています。

それでも、大規模なイベントになると人が多く、 どうしても目が届かない瞬間が生まれてしまいます。

だから今回は、その「最初の一歩」を少しだけ軽くする仕組みを作りたいと思いました。

何でも相談ブースって何をする場所?

今回、JAWS DAYS 2026は廊下を挟んで2つの部屋で開催されます。お祭りトラックや企業ブースのある側の部屋に設置された、JAWS-UGブースの一角に、AWS Heroのみなさんが常駐しています。

名前の通り、本当に「何でも」相談してもらって大丈夫です。

例えば、こんなことでも大丈夫です。

  • AWSの技術的な質問
  • コミュニティについて知りたいこと
  • どのセッションを見たらいいか迷っている
  • 誰かと話してみたいけどきっかけがない
  • SNSで繋がってほしい
  • あなたの著書を持ってきたのでサインが欲しい

難しい質問である必要はまったくありません。

長時間の相談を想定しているわけではありません。

ふらっと立ち寄って、少し話して、「なるほど」と思ってもらえたらそれで十分です。

もし話が広がりそうなら、詳しそうな人を紹介できるかもしれません。

このブースは、「答えをもらう場所」というより、 次の会話につながるきっかけを作る場所です。

会場には“声をかけやすい人”が歩いています

今回、AWS Heroのみなさんにはブースだけでなく、会場内の巡回もお願いしています。

タスキをかけて会場を歩いているHeroを見かけたら、ぜひ声をかけてみてください。

いきなり声をかけるのは敷居が高い?
大丈夫です、今回、声をかけてくれた方には、スペシャルステッカーをお渡しするようにしています。
「ステッカーください!」この一言だけで大丈夫です。

そして、もしよければその場でステッカーを持った写真をHeroと一緒にとって、SNSに投稿してください。

さらに、そのステッカーを持って相談ブースに来ると、もう1種類のスペシャルステッカーがもらえます。

2枚そろったら、ぜひHeroと一緒に写真を撮ってください。

そしてSNSに投稿してみてください。

合い言葉のハッシュタグは

#jawsdays2026 と #WeAreTheHeroes

です。

会場のあちこちでステッカーを持った人同士が写真を撮っている、 そんな光景が生まれたら嬉しいなと思っています。

ちょっとした“イベント内ミッション”のような感覚で、 ぜひ気軽に参加してみてください。

Heroは“遠い存在”じゃない

AWS Heroというと、「すごい人」「有名な人」というイメージを持つ方もいるかもしれません。

もちろん、みなさん有名な方ですし、本当にすごい方たちばかりです。

https://builder.aws.com/community/heroes

でも同時に、コミュニティイベントでは普通に話しかけられる仲間でもあります。

今回この企画を通して体験してほしいのは、

「Heroと話せた」という体験と共に、 「コミュニティの人と自然に話せた」という感覚です。

その経験は、きっと次につながります。

「あの人とまた会えるかもしれない」
「次のイベントにも行ってみようかな」

そう思えるきっかけになれば嬉しいです。

コミュニティは、誰かを遠くから見る場所ではなく、
同じ輪の中に入っていく場所だと思っています。

ステッカーにも書いてあり、SNS投稿時のハッシュタグでもある「We are the Heroes」は、
そんな「僕たち皆がヒーローなんだよ」という思いが込められています。

特別な肩書きの人と出会う場所ではなく、
同じ“好き”を持った人とつながる場所であってほしい。

同じ"好き"で集まった僕たちは皆がヒーローなんです。

勇気がなくても大丈夫

コミュニティは、勇気のある人だけが楽しめる場所であってほしくないと僕は思っています。

誰もが最初から積極的に話しかけられるわけではないし、人見知りだって普通です。

だから今回は、こちらからも声をかけにいきます。

そしてもしよければ、受付で配布しているスカイブルーのストラップを受け取ってみてください。

これは「積極的に声をかけてもらえると嬉しいです」というサインです。

きっと、会話のきっかけが少しだけ生まれやすくなるはずです。

ほんの少しの勇気で、世界は変わる

ほんの一言、声をかける。
ほんの少し、立ち止まって話してみる。

それだけで、イベントの景色が変わることがあります。

僕自身、そうやってコミュニティの中でたくさんの人と出会い、世界が広がってきました。

だから今回、この「何でも相談ブース」を提案しました。
そして、実行委員の皆さん、何よりも多くのHeroの皆さんがこの想いに共感してくれました。
ちなみにこの企画名を考えてくれたのもHeroの皆さんです。

あの日、誰かが声をかけてくれたことで、 今の自分がここにいるように。

もしJAWS DAYSが、誰かにとって最初のコミュニティ体験になるなら。 そしてそこで誰かとつながることができたなら。

会場のどこかで、タスキをかけたHeroが歩いています。
そしてブースでは、いつでも誰かが待っています。

ほんの少しだけ勇気を出して、声をかけてみませんか。

きっと、その一歩が次につながります。

どうか一人でも二人でも新しい仲間を見つけ、SNSでつながって、また次のイベントに来るきっかけになれば嬉しいです。